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Ⅰ 我が国における農地の劣化と農業による環境負荷の実態
1.土壌劣化
(1)土壌侵食
1)侵食の実態
日本各地の傾斜畑における土壌侵食の形態および量が土壌型・造成法別に明らかにされ,流出水・流出土壌中の養分量および侵食後における圃場の土壌特性変化についても調査が行なわれている。
北海道東部の普通畑の80年間の耕作で稜線部や中腹の凸型斜面では,少なくとも60cmの表土が失われ,基盤の未風化な土層が露出したり,作土の有機物含量がいちじるしく低下していた(24)。北海道の火山灰土壌地帯の融雪・融凍時には凍結土層が不透水層として働き,表層土は膨軟化し,過飽和状態となっており,降雨があると大きな土壌侵食が発生することが明らかにされた(12)。
栃木県の火山灰土野菜畑では30年間の耕作で最大50cmの表土が失われ,表土の化学性が劣化し,圃場内の野菜の生育にアンバランスが生じていた(30)。群馬県の火山灰土の改良山成工による造成傾斜畑では,ガリ侵食は谷地形に多く,一部は圃場下端の法面や畦畔を超え道路を横切って下流に土砂が流入していた。また,ガリが進行しているところでは帯状に耕作が放棄されていた(15)。
九州の久住,飯田地域では,野草地を開畑してキャベツ,ダイコンが栽培されている。地表面被覆率が低い状態で梅雨の集中的な降雨にあうため,傾斜7゜,斜面長20mの圃場の慣行栽培では1作期間に30~80t/ha,土層深で1~2cm相当量の土壌が流出した(7)。特に,最も激しい表土流出や畦の崩壊流出が生じたのは,上位斜面からの表面流出水が畑地内に流入した場合であった(8)。阿蘇山麓の黒ボク土草地更新時にダイコンなどの野菜作付け畑では,540mmの降雨で土壌侵食量が240t(770m^3)/haに及ぶ例があった(10)。
島根県や京都府の花崗岩風化土(マサ土)における造成傾斜畑の土壌流亡量は造成直後の裸地状態では100~300m^3/haであったのに対し,営農後はその1/2~1/10に低下した(3)。また,マサ土の造成畑の開畑1作後の侵食実態が調査された。傾斜5゜,斜面長約90mの圃場のガリの大きさから推定した侵食量は9~64m^3/haの範囲で,平畦の圃場で最も多く,斜面を分割したり,畦立てをしている圃場では侵食量は少なくなる傾向があった(13)。同じ畑の土壌侵食は排水の流末部に集中し,両辺傾斜型の圃場は畝間の土壌侵食を助長し,流末部の排水が妨げられて侵食が拡大することが判明した(14)。
草地の侵食量は畑地に比べて格段に少ないが,造成法の差は現れている。栃木県の火山灰土草地の侵食量は改良山成工造成草地の傾斜12゜の上部では1.9cm/6年,下部では0.3cm/6年,粗耕法造成草地の15゜では0.4cm/5年,20゜で0.5cm/5年と,改良山成工で多く,その原因は改良山成工の草地の牧草生産量および侵入能が低いことによる(33)。
一般にフィルムマルチ栽培は施肥成分の溶脱防止,雑草抑制,地温上昇効果などにより作物の増収効果が高く,特に野菜栽培で多用されている。しかし,傾斜畑のフィルムマルチ栽培では,マルチ率の増大に伴って表面流出水量が増加し,マルチ率70%では無マルチの2倍の水量があった。これはマルチが土壌表面を被覆するため流出水が畦肩から畦間に集中するからであり,その結果畦間でのリル・ガリ侵食が増大する(5)。それに対し,上下高畦の部分フィルムマルチ区の標準区に対する流出土壌指数は130であったが,全面マルチでは標準区とほぼ同じ流出量であったという報告もある。さらに,土壌に残留している無機態窒素含量はマルチ区で高く,地下浸透による窒素溶脱の防止効果は高いことが明らかとなった(6)。流出水中の養分濃度は生育初期には硝酸態窒素が42ppmという時もあったが,その後は1ppm以下であり,流出水中に溶解した養分の損失および環境負荷は少ない。流出土に伴う養分の損失量は,キャベツ1作期間の4年間の平均で最も侵食量の多い区の交換態CaOが267kg/ha,MgOが54kg/ha,K2Oが11kg/ha,無機態窒素が2.4kg/ha,可給態P205が2.9kg/haであった(9)。
2)沖縄の赤土砂流出
沖縄島北部に分布する赤黄色土,国頭マージは他の土壌に比べ,分散性が高いので容易にクラストを形成し,侵入能を低下させるため受食性が高い。また,造成地から流出した土粒子は74μm以下の微細粒子で,海底や干潟における底質中の微粒子の濃度は国頭マージが他の土壌の2倍近い値を示し,国頭マージ地帯の海域では土壌流出に伴う汚濁を受けやすい。さらに,流出土は原土に比べて粘土,腐植および養分が多いことが明らかになった(23)。しかし,国頭マージは島尻マージやジャーガルに比較して水中で目立ちやすい土色を示すものの,その流出土量は他の2土壌に比べて少ないとの結果も出されている(32)。国頭マージの造成畑圃場の土壌侵食量は,傾斜10゜,斜面長20mの裸地では610t/ha,パイナップル作付けでは340t/ha,傾斜1.4゜のパイナップル畑でも120t/haと高いレベルにある(22)。国頭マージの流出発生の要因,流出の予測量およびその影響評価が3年間の調査・検討によってまとめられた。その中に,ランドサットデータの解析から1984年以降の海域への土砂流出はほとんどないとの報告がある(17)。
公害防止等プロジェクト研究「南西諸島における海洋への土砂流出の発生機構の解明と防止技術に関する研究」(略称:赤土流出)が農林水産省,建設省の8場所13研究室の参画によって平成3年から7年まで実施され,沖縄諸島における農・林地および河川からの土砂流出機構および沈砂池・集水池の土砂流出防止機構の解明と土砂流出量の予測手法の開発が行われている(19)。その中で,畑地の表面流出量を予測するためにタンクモデルを開発し,推定値と実測値がよく一致したとの成果が得られている(21)。
3)侵食と土壌特性の関係
侵食量と土壌特性の関係を把握することは土壌侵食の実態の解釈・予測および保全対策策定の上からも重要であり,特に日本で問題となるマサ土と赤黄色土について研究が続けられている。マサ土の侵食量はシルト含量と相関が高く,赤黄色土は集合体安定度と負の相関を示すことから,マサ土ではシルト大の粒子が流出し,赤黄色土では粒団の崩壊が水食の第一歩であると考えられている(1)。土壌の受食性判定指標として,マサ土ではシルト含量,赤黄色土では透水係数,黒ボク土では集合体の安定度と分散率であることが明らかにされた(28)。トラクターの走行などの機械作業に伴う土壌の締め固めは侵食に影響を及ぼす。飛散侵食に対しては赤黄色土では締め固め効果があり,マサ土ではあまり認められず,雨滴侵食と地表流による侵食には締め固めによる影響はほとんどないとの研究結果が出ている(27)。
鹿児島県における傾斜ライシメーター試験では赤黄色土,シラス土,黒ボク土の順に侵食量は多かった(5)。津軽地方の傾斜リンゴ園に分布する十和田・八甲田火山群に由来するシラスの撹乱土のスレーキング試験では,褐色森林土や沖積土よりもシラスは耐水性が小さいため短時間に崩壊するので,法面の侵食を受けやすい。しかし,固結状態のものは耐水性が大きく,スレーキング現象が生じないため,切土面での侵食が少ない(25)。風食に関する研究も行われている。網走地方の火山灰土壌は未熟で軽石状の多孔質の粒子からなり,団粒化がほとんど認められない保水性の低い土壌で,5m/s前後の風速で風食が生じる(26)。
4)土壌侵食量予測と影響評価
圃場での年間土壌侵食量を予測するため,多くの圃場実験から得られた結果をもとにアメリカで1960年代に開発された帰納的モデルUSLE(Universal Soil Lo-ss Equation)が日本でも用いられている。土地改良事業計画設計基準(農地開発)の改訂に当たって全国で同一規格のライシメータを設置して侵食量を測定し,USLEの適用を検討した。その結果,全国の主な土壌の土壌係数K値がとりまとめられ,USLEから計算した侵食予測量が農地造成計画における斜面長などの圃場諸元,防災施設の規模や工事時期の決定などの参考となることが示された(20)。さらに,九州地方の10年確率および年間の降雨因子R値の予想分布図が作成され(4),侵食量の予測精度の向上が期待される。USLEによる沖縄県宜野座村の圃場からの推定赤土砂流出量は年間22万tであり,流出源は61%が法面,27%が畑地からであった。また,海域に流出した赤土砂堆積量は年間5万tと推定された(17)。日本で開発されたUSLE改良型の土壌侵食予測式を紹介し,それを用いた土壌侵食防止機能評価図や土壌侵食防止技術の適用指針図の作成と利用例があげられている(31)。同じ改良式を使い,長崎県では水食防止機能評価図が,また,オリジナルの予測式を開発した千葉県では裸地または栽植,防風施設の有無などの営農条件が異なる場合の風食防止機能評価図が1/5万図幅レベルで作成された(18)。
しかし,USLEを日本で適用するには問題点があるとの指摘もある。圃場試験で土壌侵食量をUSLEで予測したところ,激しい降雨の時には予測値が実測値よりもかなり低くなることがあった。これは短時間の降雨係数の増大にUSLEが対応できないことと圃場外からの表面流出水の流入をUSLEが評価できないことにあると推定している(29)。アメリカ合衆国農務省土壌侵食研究所は,侵食予測式に水理学的モデルを組み込んだWEPP(Water Erosion Prediction Project) モデルと呼ばれるコンピュータプログラムを1989年に開発し(11,16),最新のバージョンを公表している(2)。このプログラムでは,USLEが対応できなかった複雑な形状をした斜面や1日当たりの侵食量を予測できる。
(農業環境技術研究所 谷山一郎)
文 献
1)江頭和彦・田熊勝利.赤黄色土の受食性.鳥大農研報.42,61-67(1989)
2)Flanagan, D.C. 編.Erosion predict model version 94.3 user summary. NSERL report. No.8, National Soil Erosion Research Laboratory, 1994, 87p
3)福桜盛一.中山間農林業のもつ土保全機能.農業環境シンポジウム資料.No.9,農業環境技術研究所,1990, 43-50
4)細山田健三.畑地における土壌侵食量の予測.農地・農村の整備:環境保全への工学的展開.高須俊行編.土地改良技術情報センター,1993,73-86
5)池田健一郎,後藤忍.傾斜畑,ポリマルチ栽培畑等の土壌侵食防止技術.土肥誌,60,466-469(1989)
6)岩本保典,林勝實.大分県飯田高原の火山灰土傾斜畑における土壌侵食の発生要因と防止対策.大分農技セ研報.20,25-39(1991)
7)岩本保典,林勝實.九州高冷地の火山灰土野菜畑における土壌侵食と対策.農業技術.46,503-508(1991)
8)岩本保典,林勝實.大分県飯田高原の火山灰土傾斜畑における土壌侵食の実態と防止対策.大分農技セ研報.21,63-84(1992)
9)岩本保典.飯田高原の火山灰土野菜畑における土壌侵食と対策.大分農技セ特別研報.1,1-67(1993)
10)小財伸,村上義勝.阿蘇高原の黒ボク傾斜畑における土壌侵食発生要因と防止対策:第1報 現地における土壌侵食の実態.九州農業研究.54,76(1992)
11)Lane, L.J., Nearing, M.A.. USDA-water erosion prediction project: Hillslope profile model documentation. NSERL Report. No.2, National Soil Erosion Research Laboratory, 1989, 268p.
12)増田欣也ほか.凍結地帯の圃場管理と土壌侵食.北海道土壌肥料研究通信.40,15-24(1993)
13)松本康夫.マサ土開畑地における営農一作後の侵食実態.土壌物理性.56,34-39(1988)
14)松本康夫.マサ土開畑地の圃場形態と土壌侵食特性.土壌物理性.64,27- 35(1992)
15)松本康夫.クロボク土からなる傾斜畑の耕地利用形態と土壌保全対策.土壌物理性.66,55-63(1992)
16)Nearing, M.A.ほか.A process-based soil erosion model for USDA-water erosion prediction project technology. Trans. ASAE,32.1587-1593 (1989)
17)日本土壌協会編.耕地からの赤土砂流出:その予測と防止に向けて.日本土壌協会,1993,148p.
18)日本土壌協会編.平成5年度農耕地環境保全情報システム開発事業報告書.日本土壌協会,1994,61-77
19)農林水産技術会議,九州農試編.公害防止等プロジェクト研究「赤土流出」平成5年度研究推進会議資料.1994, 32p.
20)農林水産省構造改善局計画部編.土壌流亡予測手法及び適用事例.土地改良事業計画設計指針:農地開発(改良山成畑工).1992, 158-178
21)大場和彦ほか.国頭マージ土壌の土砂流出量予測モデルについて.九州の農業気象.2,23-26(1993)
22)翁長謙良ほか.沖縄島北部赤黄色土の土壌侵食の評価と対策.土壌物理性.63,19-34(1991)
23)翁長謙良ほか.国頭マージ地帯の土壌侵食と防災.農土誌.62,307-314 (1994)
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25)桜田隆夫,月舘光三.津軽地方中山間地帯りんご園の侵食防止と耕作道の管理.農土誌.61,417-422(1993)
26)高橋悟ほか.網走地域における風食と土壌因子.農土誌.58,1169-1175 (1989)
27)田熊勝利.締固め土の侵食特性.土壌物理性.60,15-23(1990)
28)田熊勝利ほか.土の侵食性を規定する土壌因子.鳥大農研報.44,15-20 (1991)
29)谷山一郎.土壌侵食防止機能の計量評価手法.多面的機能資料.No.2,農業環境技術研究所,1990, 11-19
30)谷山一郎.日本の土壌侵食.地球環境の危機.内嶋善兵衛編.東京,岩波書店,1990,184-186
31)谷山一郎.農業生態系の環境保全機能:土壌侵食防止機能.農業技術.48,368-372(1993)
32)渡嘉敷義浩ほか.沖縄本島における造成土壌の表土とその流出土の物理性.土肥誌.65,115-125(1994)
33)吉村義則ほか.造成工法を異にする草地の生産力と土地保全機能:Ⅲ草地地表面の上下変化.草地試研報.39,14-22(1988)