1.土壌劣化
(2)土壌圧縮
1)土壌圧縮問題の課題
土壌圧縮は土粒子の充填が進み,間隙率や透水性が減少し,強度が増大する現象であり(22),作物根の活性と伸長,養水分および空気の保持と移動に大きな影響を及ぼす。一般的には踏圧など外力の作用によるち密化を意味し,その過程は土壌の弾性的・塑性的変形,土壌構造の破壊,間隙水や空気の圧力変化と排除などが複合しており,さらに土壌の種類,水分含量,外力の作用の仕方によって複雑に変化する。
土壌圧縮は農地が作物の生育場であると同時に,効率を追求する管理・作業の場であることから生じている(48)。他方,水田の耕盤が転作時に障害となる問題は,水田汎用利用への社会的必要性から生じている(35)。今後、農業機械の大型化と圃場拡大が一層進められる趨勢にあるが,わが国は気候的にも多水分状態で土壌が圧縮され,物理性劣化が進む恐れが大きい。圧縮に関わる土壌要因の解明,ち密化した土層の特性解明と改良法の開発,および土壌圧縮軽減のための栽培体系・作業機の改善が課題である。また,排水性,保水性を維持しつつ,地耐力が大きい農地基盤の造成技術が求められている。
他方,土粒子の充填は機械的な外力以外に,水と重力の作用によっても生じている。特に高分散性土壌では,代かき後の”いつき”(27)や,畑地表面クラスト(47)の発生が問題となる。さらに,粘土集積作用や疑似グライ化など土壌生成作用により形成されたち密土層も広く存在している(14,32)。これらの現象解明と改良も重要な課題である。
また,圧縮によりち密化する土壌の性質は,マイナス面ばかりではなく,積極的に活用されている場面も多い。施肥養分の下方流亡軽減のために積極的に土壌を圧縮する技術(19)も報告されている。このように,土壌の圧縮性を土壌機能として捉え,目的に応じて利用・管理する視点も必要である。
わが国の土壌圧縮研究は,昭和30年代後半の農業機械化と同時期に始まり,ほぼ同時に,作物根の生育と物理性の関連も研究された。その結果,多くの作物と土壌について土壌の物理性診断基準の確立をみた。これらの成果は「土壌の物理性と植物生育」(5)に集約されている。以下,最近における研究を主に解説する。
2)農地における土壌圧縮の実態
ア. 水田
農耕地土壌の実態と経年変動の把握のために,土壌環境基礎調査(全国約2万か所の定点調査)が実施されている。5年サイクル2巡目(1988)までの取りまとめ(2,9,16,31,33,38,42,54)を見ると,水田・畑とも全体として浅耕化し,耕盤のち密度が高まっており,地力実態調査(1982)(53)において指摘された傾向がさらに進行していた。例えば,千葉県(2)では1960年代に水田作土深は16.8cmであったが,1970年代後半では14.5cm,1980年代には13.4cmと浅くなった。ただし,グライ土等では排水改良により(33,42),また,畑転作により作土が深くなる場合(54)もある。耕盤のち密化は,栃木(16)では地力保全基本調査時(1966年ころ)は山中式ち密度20.5mmおよび仮比重0.81であったが,1981年には21.0mm, 0.95に,1986年には22.1mm, 1.01へとそれぞれ増大した。この傾向は多湿黒ボク土より灰色低地土で著しい。
水田の耕盤については車輪踏圧がその主な要因であり,トラクタによる耕うんが3年以上継続すると安定した耕盤層が形成される(37)。またその地耐力は土壌構造安定指標=(塑性限界)/(pF2.0含水比)により評価できる(29)。砂質あるいはれき質土では下層の硬度が25kgf/cm^2以上を示すことが多く,地下水位が50-60cmより浅いグライ土等の下層土は軟らかく,明確な耕盤はやや排水の良い粘土質水田に見られる(3)。根の伸長は湛水時硬度10kgf/cm^2以上の耕盤が深さ12cmより浅く存在する場合に影響され(37),ち密度18mm(11.7kgf/cm^2相当)では根の伸張が阻害される(3)。
水田の基盤整備率はすでに50%以上に達しているが,施工時の重機による圧縮と物理性悪化が問題となっている。黒ボク土水田では比較的圧縮の影響は小さいが(17),細粒質の灰色低地土では下層土の亀裂や粗孔隙が著しく減少し,著しく排水不良となる場合がある(17,36,49)。年次経過による回復も小さいが,心土破砕,深耕および転換畑利用の導入により徐々に回復する(49)。黒泥土水田では,整備後,深さ15cm付近の硬度は12kgf/cm^2と高まるが,一年後には約5.5kgf/cm^2まで回復し,その後再び徐々に圧縮が進み10年後には10kgf/cm^2以上となった(43)。
機械的圧縮によらない水田のち密化現象として,代かき後の“いつき”の発生(18,27)および異常穂発生(1)が報告されている。これらは土壌が中粗粒質で水分散性が大きく,収縮性が小さく亀裂が生じ難い特性に関連していること,および畑転換に伴う有機物の減耗や浅耕化と関連していることが推察されている。
イ.畑地
土壌環境基礎調査によれば,畑地では作土深の減少率は水田以上であり(2),畑耕盤層のち密度が増大している(9,15,16,42)。(多)腐植質黒ボク土畑のでは畑耕盤層の硬度は次第に増加しているが指標硬度20mm未満を維持している(16)。しかし,耕盤層の下層(第3層)まで圧縮が進む傾向も認められている。また,樹園地や牧草地においても次第にち密度が高まる傾向となっている。他方,黒ボク土ゴボウ栽培畑(2)、鉱質土野菜畑(25)などでは土壌が0.5-1m掘り上げられ,下層土の混入など土壌の改変が進む状況も生じている。
黒ボク土を主とする野菜産地では深さ20cm以下に耕盤層があり,レタスの作柄不良圃は作土下部や耕盤の気相率が15vol%以下の圃場に多い(28)。また10年以上経過したハウスミカン園では,不良園は下層土の固相率が高くpF1.5における気相率が20vol%以下の場合が多い(10)。
畑地の農地造成整備では,重機による土壌圧縮と構造悪化が水田より大きな問題となる。その理由は畑作物が,より好適な物理条件を必要とすること,ならびに傾斜地を対象に大量の切盛土を伴う工事がなされるためでもある。そのため,多雨時に造成された細粒褐色森林土(13)や,黒ボク土(51)においても造成畑下層土の物理性が著しく悪化している事例がある。造成地の撹乱圧縮された下層土は構造に乏しく,心土破砕の破砕効率が低い(13)。またいわゆる表土扱いにおいても戻された表土は強く圧縮されており,細粒褐色森林土では粗孔隙のみならずpF2-3域の有効水分孔隙まで減少しており,耕うんによる回復は粗孔隙に限られる(13)。
分散性の著しく高い固結性土壌が北海道上川地方に分布しており,砂質火砕流堆積物の客土による改良が報告(52)されている。
3)圧縮と土壌物理性
ア. 農業機械による土壌圧縮
トラクタ(25ps,全重量2.15t)踏圧による土中応力はごく表層で前輪が4kgf/cm^2前後と高く,タイア幅の広い後輪は2kg/cm^2であるが,15cm以深で大きな応力を示した(12)。また,土中応力と走行跡地の土壌の仮比重の関係は100ml試料円筒を用いた靜的一軸圧縮試験による圧力-仮比重曲線とほぼ一致しており,室内試験による圧縮性評価を可能とした(12)。すなわち,1回走行跡地の土壌は2kg/cm^2による静的圧縮に,多数回走行跡地は4kg/cm^2にそれぞれ相当した。土質試験におけるランマー突固め試験は圧縮エネルギーが高く30kgf/cm^2の静的圧縮に相当している(39)。機械の重量および走行方式による土壌圧縮の違いについては,軽量機械では表層から硬化するが,重量機械ではやや深い部位(10-15cm)から硬くなり走行回数とともに表層まで硬化する。また,重量機械ではより深部まで圧縮が及ぶ(24)。タイアホイール式とクローラ式では,重量が軽くてもホイール式の影響が大であり(24),走行速度が遅いほど圧縮が強く深くまで及ぶこと(4)などが認められている。
農機による土壌圧縮を軽減する方策(46)としては,管理作業の合理化,2,3工程を同時に行う作業機導入による走行回数の削減,ゴムクローラ走行方式の導入,タイア空気圧の低下,ホイール数の増設,排水性改良と土壌湿潤時の作業回避(23),バーク堆肥類の土壌への混和(24),敷草の効果(24)が検討されている。
イ. 圧縮と土壌物理性評価
黒ボク土や鉱質土の畑土壌では,最も踏圧によりち密化する土壌水分はpF2.0付近であり(12),それより高水分では練り返しによる構造破壊を生じる(23,39)。圧縮による物理性悪化の程度は土壌により異なる。それらは仮比重,透水・通気性,粗孔隙量等の変化量(比),土壌硬度および先行圧縮応力によって評価(46)されているが,土壌の圧縮感受性をより適切に評価するために,圧縮により失われる孔隙径に相当する吸引圧値と圧縮応力の比を指標とすることが提案(20,21)されている。これは同一圧力でもより細かい孔隙まで消失する土壌は圧縮感受性が高いことを表すものである。
「根生育非制限有効水分域」の概念により,ち密土層の根の生育と活性に及ぼす影響評価が試みられている(40)。すなわち,根の生育は少水分側では土壌硬度に,多水分側ではガス拡散性によって規制されるので,両要因に規制されない有効水分範囲の広さにより圧縮土壌の物理性を適切に評価しようとするものである。また,畑地におけるち密な耕盤の存在が土壌空気組成に及ぼす影響は,下層からのガス拡散を抑制することによる二酸化炭素ガス濃度の上昇であることが報告(41)されている。
4)圧縮土壌の改良および管理
畑地や転換畑の耕盤および整備農地のち密下層土の物理性改良に,(超)深耕(25),心土破砕(34),リッパー耕(26),空気噴出式弾丸暗渠(44),圧縮空気注入(7),溝切り耕や振動式心土破砕耕による耕盤の部分破砕(35),マメ科作物根の利用(30)および有機資材の施用(11)の効果が明らかにされている。
土壌の圧縮や乾燥履歴による強度や毛管連絡性増加を活用する農法として、畑転作前の無たん水あるいは不耕起水稲栽培(35),畑作における簡易耕(6,50)の導入が検討されている。また南九州の多雨で透水過良の火山灰土壌地帯では,下層土の圧縮による養水分保持力の改善(8)や施肥した畦表面の硬化(19)による肥料溶脱の軽減が明らかにされている。
(農業環境技術研究所 岩間秀矩)
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