Ⅰ 我が国における農地の劣化と農業による環境負荷の実態

1.土壌劣化

(3)重金属

 我が国における重金属等による土壌汚染の歴史は古く、19世紀以前にも小規模な重金属等による被害が発生していたと考えられる。戦前の代表的な例として、渡良瀬川流域における銅による大規模な農作物被害が、我が国でのいわゆる公害の原点として広く知られているが、その後も1960年代後半から1970年代にかけて水俣湾での水銀汚染による水俣病の発生、神通川流域でのカドミウム汚染によるイタイイタイ病、宮崎県・島根県でのヒ素汚染、安中市亜鉛精練工場周辺での汚染等が相次いで明らかとなり、重大なる社会問題に発展した(13)。

 以後、一時の高濃度な汚染による急性的な公害問題は鎮静化の方向へと向かってはいるが、このことで重金属等による汚染の問題が解消の方向へと進んでいると見るのは間違っていると言えよう。むしろ、汚染は多様化、複合化、広域化、低濃度化の方向へと、すなわち慢性化へと向かっており、事態はより深刻になりつつあることを理解しておくことが必要である(2)。

 本文献解題を草するに当たり、文献の収集範囲はおおむね過去10年以内のものに限定したが、かなりの長期間にわたってのモニタリング結果の報文等は必要に応じて適宜それよりも古いものまでさかのぼることとした。文献の検索はJICSTを対象に「重金属」、「汚染」、「土壌」をキーワードとして行った。

1)総説及び解説

 重金属等による土壌汚染に対する関心の高まりを受けて、多くの総説あるいは解説記事が出版されている。総説に関しては日本土壌肥料学雑誌に3-4年間隔で掲載される部門別進歩総説が最も広範囲な文献の収集を行っている。1985年以降でも3編の総説が発表されており(21,28,29)、それぞれに50編前後の文献が収録されている。解説記事については、土壌中における重金属元素の挙動に力点を置いたもの(4,12,37,42,59)、土壌汚染全般に関するもの(39,40)、モニタリングに関するもの(46)、現状と対策を論じたもの(16,36)、汚染地の指定条件について論じたもの(46)などがある。

2)実態調査

 土壌汚染に関する実態調査は地方自治体を中心に継続的に行われている。都府県全域を対象としたものとしては、青森県(リンゴ園)(35)、秋田県(23,31,34,38)、福島県(48-51,58)、富山県(神通川流域)(66)、茨城県(6,9,10,11,43,64)、東京都(53-56,63)、大阪府(5,60)、滋賀県(33)、岡山県(44)、三重県(67)、徳島県(17)がある。なお、この中には汚染の判断基準ともなるべき自然賦存量の調査を行ったものや、対策試験を行ったものが含まれている。

 上記よりは対象地域を限定した市町村に関するものとして、重金属汚染の例として有名な安中市周辺の調査例(22,27,32,57,65)、府中(41)、名古屋市(61)、堺市及びその周辺の都市部土壌を対象としたもの(14,18,19,20)、岡山市の市街地近接林での調査(3)、愛媛県(山地小流域を対象)(15)、荒尾市(熊本県)(8,30)などがある。一方、製錬工場周辺の調査例としては、ビスマス製錬工場(24)、アンチモン製錬工場(25)、銅製錬工場(62)、道路周辺土壌を対象としたもの(1,26,47)がある。さらに、特殊な例として鉛かわらによる汚染(金沢城)の調査報告(7)、一級河川の底質の重金属濃度の報告がある(52)。なお、前記と同様これら報告の中には厳密に実態調査のみに限定されたものではなく、溶出実験や、対策試験を行ったものが含まれているが、供試土壌の重金属含量に関するデータが示されており、汚染の実態を知る資料として活用可能である。

                         (農業環境技術研究所山崎慎一)

   文  献

1)浅見輝男.茨城県における土壌および道路わき粉塵の重金属汚染.茨城大学地域総合研究年報.23,17-45(1990)

2)浅見輝男.“1.土壌の有害金属汚染に関する今後の問題点”.土壌の有害金属汚染-現状・対策と展望-.日本土壌肥料学会編.東京、博友社.1991,113-135

3)千葉喬三.都市近郊林における浮遊重金属類元素の捕捉と滞留に関する研究.造園雑誌.51,21-26(1987)

4)後藤重義.土壌汚染土壌中における重金属の行動と地下水汚染.水質汚濁研究.12,687-692(1989)

5)日野和裕、土山和英.重金属による土壌の低濃度汚染とその対策に関する研究(第2報):土壌汚染の実態と現地改良試験.近畿中国農業研究.64,27-32(1982)

6)平山力、小林登.土壌の重金属汚染に関する調査研究 第7報 山間地カドミウム汚染水田の改良とその効果.茨城県農業試験場研究報告.28,103-117(1988)

7)本浄高治ほか.金沢城鉛かわらによる汚染地域に群落をなすシダ植物ヘビノネゴザの鉛の集積と耐性について.植物地理・分類研究.32,68-80(1984)

8)堀克也ほか.荒尾市水田のカドミウム汚染について.第2報:水稲によるカドミウム吸収.九州農業研究.45,98(1983)

9)茨城県公害技術センター.農用地等における重金属類自然賦存量調査(第9報).茨城県公害技術センター年報.21,213-215(1989)

10)茨城県公害技術センター.農用地等における重金属類自然賦存量調査(第10報).茨城県公害技術センター年報.22,85(1990)

11)茨城県公害技術センター.茨城県の公害・環境図説 茨城の空・土・水と放射能第3版平成3年.茨城県公害技術センター、1991,66p

12)飯村康二.土壌中での重金属の形態と挙動.土壌の物理性.67,19-27(1993)

13)飯村康二.“1.重金属汚染の歴史”.土壌の有害金属汚染-現状・対策と展望-.日本土壌肥料学会編.東京、博友社.1991,7-42

14)池田愛一郎、依田恭二.堺市における土壌の重金属汚染.日本生態学会誌.32,241-249(1982)

15)香川尚徳、Lu,Z.山地小集水域の土壌中の銅、亜鉛、鉛の分布.愛媛大学農学部演習林報告.27,1-7(1989)

16)梶原親信、米川公一.重金属等による土壌汚染の現状と対策.農業土木学会誌.51.1025-1030(1983)

17)片田正己、北村寿朗.表面土壌中重金属の濃度と濃縮係数について.徳島県公害センタ年報.7,43-45(1982)

18)Komai,Y. Heavy metal concentration in urban soils. 1. Zinc accumulation phenomenon in urban environments as clues of study. Bull.Univ.Osaka Prefect.Ser.B. 33,7-15(1981)

19)Komai,Y. Heavy metal concentration in urban soils. 2. Comparison of urban park soils between two cities with different activities. Bull.Univ.Osaka Prefect.Ser.B. 33,18-22(1981)

20)Komai,Y., Yamamoto,K. Heavy metal concentration in urban soils. 3. Metal status of soil-plant systems in parks and arable lands in Sakai, Osaka, Bull.Univ.Osaka Prefect. Ser.B. 34,47-56(1982)

21)小山雄生ほか.第11部門 環境保全.土肥誌.60,597-605(1989)

22)久保田正亜ほか.安中市未復元土壌のカドミウム、アンチモン、ビスマスなど有害金属元素含有率.人間と環境.14,2-10(1988)

23)久保田正亜ほか.秋田県のカドミウムなどによる汚染土壌のアンチモン、ビスマス含有量.人間と環境.15,28-32(1989)

24)久保田正亜ほか.ビスマス製錬工場周辺土壌のビスマスなど重金属による汚染.土肥誌.61,190-192(1990)

25)久保田正亜ほか.アンチモン製錬工場周辺の道路わき粉塵および土壌のアンチモン等重金属による汚染.土肥誌.63,719-722(1992)

26)久保田正亜ほか.室蘭市の道路わき粉塵と土壌の重金属分布.人問と環境.18,8-14(1992)

27)久野勝治ほか.群馬県安中市製錬所周辺のクワおよびキリの重金属汚染の現況.人間と環境.15,23-31(1990)

28)松岡義浩ほか.第11部門 環境保全.土肥誌.56,571-581(1985)

29)陽 捷行ほか.第11部門 環境保金.土肥誌.64,603-614(1993)

30)三角正俊ほか.荒尾市水田のカドミウム汚染について.第1報:カドミウム汚染の概要.九州農業研究.45,97(1983)

31)三浦竹治郎.農用地土壌の重金属含有量調査 Ⅱ:0.1NHC1浸出法による分析値と圃場内濃度分布.秋田県環境技術センター年報.8,124-132(1982)

32)村瀬千明.重金属の降下はいじん分布と土壌濃度分布との対応関係と経年変化.人間と環境.17,133-144(1992)

33)永井嘉和ほか.滋賀県耕地土壌の重金属について.滋賀県農業試験場研究報告.22,99-103(1980)

34)中野智夫、乳井恒雄.秋田県内主要河川流域における重金属の分布.秋田県立農業短期大学研究報告.10,51-61(1984)

35)成田春蔵ほか.リンゴ園における重金属塩類の蓄積とその影響.青森県りんご試験場報告.24,49-82(1987)

36)名和則夫.農用地土壌汚染の現状と対策.昭和61年度 農用地土壌汚染防止対策精密調査結果.産業と環境.17,25-30(1988)

37)西尾高好.特集:土壌汚染 4:土壌中における重金属の挙動.産業公害.26,289-295(1990)

38)能登屋亨、佐々木律男.特集・東北地方北部の農業土木 大会関連特集.秋田県の重金属による水田土壌汚染の実態と対策.農業土木学会誌.56,567-572(1988)

39)岡 高明.土壌のはなし 26:土壌汚染2: 亜鉛、水銀など.水.33,88-91(1991)

40)岡 高明.土壌のはなし 25:土壌汚染1: 銅、カドミウム、ヒ素、水.33,76-79(1991)

41)岡崎正規.府中崖線地域における水系および土壌の重金属分布 1985年度.府中崖線地域における水系および土壌の重金属分布に関する研究.昭和60年1985,37p

42)岡崎正規.汚染物質の土壌中における挙動と問題点3.土壌中における重金属の挙動.水質汚濁研究.10,407-412(1987)

43)大賀守也、保坂義雄.農用地における重金属類の自然賦存量調査.3.茨城県公害技術センター年報.15,78-81(1983)

44)小野芳郎ほか.岡山県における農用地土壌、農作物およびかんがい水中の重金属濃度について.岡山県立農業試験場報告.4,44-56(1981)

45)相馬光之.土壌汚染土壌のモニタリング.水質汚濁研究.12,699-704(1989)

46)杉浦公昭.足尾の鉱毒に見る総理府令の汚染地域指定条件の不備について.東洋大学工学部研究報告.18,83-92(1982)

47)杉浦公昭.電線被覆工場および幹線道路付近の土壌の重金属(Cr,Cu,Cd,Pb)汚染.東洋大学工学部研究報告.19,45-55(1983)

48)立谷寿雄ほか.福島県における農作物および土壌の重金属汚染の実態 第1報:カドミウム含量について.福島県農業試験場報告.10,1-29(1972)

49)立谷寿雄ほか.福島県における農作物および土壌の重金属汚染の実態 第2報:銅、亜鉛、鉛含量について.福島県農業試験場報告.10,33-85(1972)

50)立谷寿雄ほか.福島県における農作物および土壌の重金属汚染の実態 第3報:1970-1971年における磐梯町東部の風向きとCd汚染との関係.福島県農業試験場報告.13,1-7(1974)

51)立谷寿雄ほか.福島県における農作物および土壌の重金属汚染の実態 第4報:1972年における磐梯町東部の方位、距離別の降下Cdと汚染との関係.福島県農業試験場報告.13,9-13(1974)

52)Tada,F. Distribution of heavy metals in bottom mud of rivers. 8.Distribution of total and extractable Cd and Zn.陸水学雑誌.42,160-167(1981)

53)高橋淑子、西井戸敏夫.土壌中の重金属分析方法の比較検討3:総クロム、銅、鉛ニッケルについて.東京都公害研究所年報.1981,149-155(1981)

54)高橋淑子ほか.東京都内土壌中重金属の垂直分布について1.東京都環境科学研究所年報.1984,146-151(1984)

55)高橋淑子ほか.東京都内土壌中重金属の垂直分布について2.東京都環境科学研究所年報.1985,129-134(1984)

56)高橋淑子ほか.東京都内土壌中重金属の垂直分布について3.東県都環境科学研究所年報.1986,108-113(1986)

57)武長 宏、吉羽雅昭.群馬県安中市の亜鉛製錬所周辺地域の重金属による土壌汚染とその経年変化.土肥誌.55,225-234(1984)

58)館川 洋ほか.福島県における農作物および土壌の重金属汚染の実態 第6報:重金属特異吸収植物を利用した重金属吸収と除染効果.福島県農業試験場報告.24,91-107(1985)

59)館川 洋.作物生産に係わる環境保全技術の確立.農業技術.48,7-10(1993)

60)土山和英ほか.重金属による土壌の低濃度汚染とその対策に関する研究(第1報):土壌汚染の実態と現地改良試験.近畿中国農業研究.64,22-26(1982)

61)土山秀樹ほか.土壌中重金属と溶出試験.名古屋市公害研究所報.17,85-88(1987)

62)飛田 哲ほか.銅製錬所による煙害地の土壌特性排煙の影響による足尾松木地区の土壌の酸性化と重金属汚染について.人間と環境.15,10-17(1989)

63)上田 稔ほか.東京都における土壌中の重金属などの含量について調査報告.水質汚濁研究.5,363-370(1982)

64)渡辺 徹ほか.茨城県における環境試料中の重金属類土壌、ゴミ焼却排出物、底質、魚貝類、水質等の重金属含有量.茨城県公害技術センター年報.15,241-268(1983)

65)Xian,Xほか.土壌中の交換態重金属濃度と桑に吸収される重金属量との関係.日本蚕糸学会誌.57,481-488(1988)

66)柳沢宗男ほか.神通川流域における重金属汚染の実態調査と土壌復元工法に関する研究.富山県農業試験場研究報告.15,1-113(1984)

67)米野泰滋ほか.三重県の農耕地土壌に関する研究4:土壌の重金属類などの含量について.二重県農業技術センタ研究報告.13,97-107(1985)