Ⅰ 我が国における農地の劣化と農業による環境負荷の実態

5.有害生物による農地の人為汚染

(3)雑草種子混入

 近年、我が国の農耕地、草地に外来の強害植物が侵入・拡大し、雑草化して問題となっている。特に、イチビはここ数年北海道から九州まで全域で発生し、著しい減収を引き起こし耕作を放棄させた事例までみられる。また、発生面積が2万haにも及ぶもの(アメリカオニアザミ)、植物の持つ悪臭が牛乳中に移行して問題を起こしたもの(カラクサガラシ)等、問題化して確認されているだけでも30種以上にのぼっている(2,8,9)。

 このような外来雑草の侵入経路としては、自生していないバーミューダグラスが堆肥置場で大発生したことや糞尿捨て場と化した飼料畑での外来雑草の多発などからみて、輸入飼料への雑草種子混入による可能性が極めて大きい。そして、一次的に発生した個体が種子を再生産し、二次的に大発生をもたらせるケースも散見されてきた。一度大発生をみた圃場での防除は多大な経費がかかり、低コスト生産が至上命題であるトウモロコシなどの自給飼料生産の現場では、死活問題を招きかねないと言えよう。

1)最近の発生実態と動向

 農耕地で問題になってきた帰化雑草としては、従来ワルナスビ、セイタカアワダチソウ、アメリカネナシカズラなどがあげられる(3)。しかし、最近になって新たな帰化雑草が増加しつつあり、80年代に新しく確認された帰化植物は17科35種にのぼり、1年に3~4種以上の割合で増加しているとの指摘がある(5)。それらの中で農耕地への侵入が問題になっているものとして、トゲミノキツネノボタン(水田裏作麦圃場、大豆畑、野菜圃場、飼料畑、草地)、イボミキンポウゲ(水田裏作麦圃場)、カラクサガラシ(水田裏作麦圃場、飼料畑)、ショクヨウガヤツリ(キハマスゲ)(牧草地、水田畦畔、飼料畑)が特にあげられている。また、暖地・温暖地の水田ではホソバヒメミソハギ、アメリカアゼナ、ウキアゼナ、同地域の麦圃場等ではマツバゼリ、ヤブチョロギ、寒地・寒冷地の麦圃場等ではカミツレモドキ、キゾメカミツレ、イヌカミツレ、同地域の畑及び草地等ではセイヨウトゲアザミ、アメリカオニアザミ、全国の草地、飼料畑ではシラゲガヤ、イチビが分布域を拡大して新たに問題化する趨勢にあるとされている。

 このような帰化雑草の地域別の分布実態については、北海道等一部の地域ではチェックリストも含めた詳細な報告(1)があるが、全体としては不明であった。そこで最近の草地、飼料畑等の畑地や本田への侵入が急増している主要な帰化雑草について、アンケート調査による全国的な実態調査が試みられた(10)。その結果次のような事態が浮かび上がってきた。全国的に蔓延しているものとしては、イチビが最たるもので、ハリビユ、オオオナモミ、ワルナスビ、シロバナチョウセンアサガオもほぼ全国的に発生している。次いで、オオケタデ、ヨウシュヤマゴボウ、ホソアオゲイトウ、カラクサガラシ、アレチウリ、アメリカセンダングサ、アメリカオニアザミ、ハルジオン、ハキダメギク、ヒメジョオン、ショクヨウガヤツリも半数以上の県で発生している。また、カミツレモドキ、セイヨウタンポポ、マルバルコウ、セイヨウヒルガオ、アメリカイヌホオズキもかなり蔓延している。従来、西南暖地に限定されていたハリビユが東北まで拡大している点、栃木辺りにあったショクヨウガヤツリの分布がかなり拡大している点が注目される。局地的に発生したものとして、アカザ、コアカザ、ハルザキヤマガラシ、ノボロギク、シバムギ、セイバンモロコシがある。また、発生地点は少ないが、発生程度が多いものとして、ヒメオドリコソウ(山形)、アメリカサナエタデ(徳島)などが挙げられる。東北地方で発生しているものとして、ヒレハリソウ(コンフリー)がある。なお、ワタの発生(岐阜、広島、山口)もみられる。

 発生場所は大半が飼料畑が中心であるが、草地、普通畑、転換畑、樹園地、野菜畑まで拡大している。ワルナスビのように草地の雑草と認識されていたものが、飼料畑へも拡大してきている点が注目される。発生の動向としては、上記の大半の雑草が最近5年位で急速に増加してきたとの回答があり、また、群馬県の調査でもイチビ、ショクヨウガヤツリ、アレチウリ、オナモミ類、ヒルガオ類、マルバルコウなどが1989年から3年間の間に急増したことが裏付けられている(9)。その結果、1993年の時点で、トウモロコシ畑に発生している外来雑草で、発生頻度が多~極多と高いものは、イチビ、アレチウリ、ショクヨウガヤツリ、オオオナモミ、ハキダメギク、オオケタデ、シロバナチョウセンアサガオ、ワルナスビ、ハリビユ、セイヨウヒルガオ、マルバルコウ、シオザキソウ(栃木)、ハルザキヤマガラシ(秋田)、アカザ(山形)、アメリカイヌホオズキ(山口)、アメリカチョウセンアサガオ(東京)、ヨウシュヤマゴボウ(千葉)などで、防除対象雑草として対策が必要と考えられる。

 なお、酪農家の畑などでは、カラクサガラシ(九州)、シオザキソウ(関東)のように強い臭いを放つため牛乳への臭いの移行が問題になるものが発見されており、量的な広がりを問題にするだけでは解決しない一面を持っている。

 一方、水田における最近の動向についても、特に九州地域を中心に明らかにされている(6)。暖地水田における近年の主要な帰化雑草とその動向は次のようである。キシュウスズメノヒエ:1980年代に入って直線的に増加しており、水田内へ侵入している。ホソバヒメミソハギ:在来のヒメミソハギよりも発生が多くなってきている。ナガボノウルシ:本種の分布は熱帯から亜熱帯で、従来は台湾までに留まっていたが、熊本に一時帰化の状態で侵入してきている。今後の動向に注意が必要である。ショクヨウガヤツリ:わが国では飼料畑などで発生していたが、熊本県の早期作水田で初めて発見された。湛水条件下でも塊茎は生存し、落水後直ちに萌芽することが明らかにされており、今後の水田での拡大動向にも注意が必要である。

2)侵入経路

 外来雑草の農耕地への侵入経路としては、①輸入粗飼料(牧乾草等)→堆肥→飼料畑、②濃厚飼料(穀類)→堆肥→飼料畑、③飼料作物種子→飼料畑、④荒廃地(河川敷、畦畔等を含む)、山野に自生する植物→野鳥等→飼料畑、などのルートが考えられる(9)。

 従来は、たとえばエゾノギシギシのように③のケースの輸入牧草種子への混入が第一に考えられたが、輸入種子についての最近の日本飼料作物種子協会の検査ではほとんど雑草種子は見出されておらずこの経路の可能性は小さいと考えられる。

 これに対して、①及び②の輸入飼料への混入が疑われる。ショクヨウガヤツリ(キハマスゲ)の事例(3,4)が有名で、輸入乾草に開花-結実期のキハマスゲ乾草が混入し、その子実が10%も発芽したことが確認されており、これが侵入原因と推定されている。

 前記1)で示した最近の飼料畑で発生しているイチビをはじめとする雑草の多くは、飼料の輸入元の大半を占めるアメリカで10年以上前からトウモロコシ、大豆、ワタなどの穀物畑における強害草として問題となっており(13,14)、同時に、農家が糞尿捨て場に利用している圃場での発生が多いことなどから、輸入飼料に混入した種子が家畜の糞を通して圃場に散布されたためと推定されてきた。この点を明らかにするために、輸入港における穀物原体に混入している雑草種子の調査が行われている(11)。その概要は次のようであった。

 濃厚飼料の原料となる主要な輸入穀物はトウモロコシ、モロコシ(ソルガム)、麦類、大豆で、最近マメ科のルーピンも輸入され飼料として利用されている。種類、量ともにアメリカが群を抜いているが、南アメリカ、オーストラリア、アフリカ、ヨーロッパ、東南アジア、中国などほぼ世界中から輸入されている。輸入港は全国にまたがり、両者の間に特定のつながりはない。濃厚飼料への混入雑草種子は、いずれの原料、原産地を問わず、わずかな量の調査サンプルにかなりの雑草種子が見出された。最多のものはアメリカ産大豆で65種類もの雑草が混入しているのが発見され、そのうち5種類は多数の種子が混入していた。この大量混入種子は発芽することが確認された。既知の種子の形状との比較で同定できるものは少なく、未知の雑草がかなり混入しているものと推定されている。

 我が国への飼料の輸入経路において、混入雑草種子の発芽力に対して影響を与える可能性のあるバリヤーとしては、コンテナでのくん蒸(ホストキシン)と植物検疫における一部の臭化メチル処理である。しかし、これらの処理は害虫対象であり、殺種子には効果がないであろうし、輸入牧乾草の輸入時の植物検疫チェックは、一部害虫の侵入防止のためカモジグサ、ムギ、イナワラの混入がチェックされるだけで雑草種子の混入については全くフリーパスの状況である(9)。

 飼料工場での加工処理は、①回転式クラッシャーでの粉砕(2㎜)のまま、②粉砕後70-80℃で蒸気をかけペレット化、③原体のまま130℃、3気圧で蒸気をかけロールで圧ぺんする、という3種類があり、混入雑草種子にダメージを与えない①が相当部分ある。さらに、飼料工場では、いくつかの原料がブレンドされる、すなわちトウモロコシと麦類が混合されるが、これはそれぞれに混入している夏雑草と冬雑草の種子がブレンドされて農家に渡されることになり、問題が拡大する(11)。

3)拡散機構

 以上のように、輸入飼料に混入した雑草種子の多くは生きたまま農家に渡されることが判明したが、これらが家畜の排泄物などを通して広く耕地にばらまかれ、我が国の環境に適応すれば定着していくものと推定される。

 家畜を介した雑草種子の拡散については古くから注目され、粗飼料-牛-糞の過程における混入雑草種子(主としてイヌビユ、メヒシバ)の発芽力が調べられている(12)。これによると牛体内の通過のみではかなりの生存種子が認められること、糞の乾燥過程も発芽力に影響すること、堆肥中への埋蔵は完全に発芽力を失わせたが、表面にあるものは発芽力を保持していることなどが明らかにされ、このルートからの雑草の拡散(農耕地の汚染)が大いに可能性があることが推定されている。現在問題になっている外来雑草については侵入間もないこともあってわが国での生理生態的特性はほとんど不明で、上記のような従来の知見が当てはまるかどうかはわからない。そこで、再度主要な外来雑草について乳牛の第一胃内及び堆肥内での発芽動態が検討されている(11)。

 まず、乳牛の第一胃内の滞留時間を変えて発芽に対する影響をみたところ、雑草の発芽に及ぼす影響は種によって異なることが判明した。多くの場合イヌビユのように滞留時間が長くなるにつれて休眠が打破され、むしろ発芽率が向上することが認められた。一方イチビなどのように滞留時間が長くなるほど発芽率が低下するものもあった。また、アメリカセンダングサは滞留時間が短いと休眠が打破され長くなると発芽率が低下した。いずれにしても家畜体内の通過だけでは種子が完全に死滅するということはなく、侵入を遮断するためにはこの後の処置が必要である。

 そこで、堆肥及び尿中での種子の発芽動態が問題になってくる。この点についてはまだ研究が緒についたばかりであるが、二、三の報告がある(7,11)。栽培ヒエ、オオクサキビ、イヌビエ、メヒシバ、オヒシバ、イヌタデなどについて、堆肥及び尿中に埋蔵した場合の発芽への影響が調べられている(7)。最高65℃になった堆肥中に2~3か月埋蔵した場合は完全に死滅したが、堆肥の温度が最高34℃にしか上がらなかった場合はオオクサキビ、オヒシバなどにわずかに発芽するものがあった。一方、尿中への浸漬は3か月でも完全に死滅させることはなかった。冬季の12月に1ケ月程度糞及び未発酵堆肥へ貯留した場合、多くの種で休眠が打破されたが、イチビ及びハリビユは何等影響されなかった(11)。いずれにしても発酵温度が上昇しない場合は死滅はありえず、これが圃場に還元されるとすると生存種子がそのまま圃場にばらまかれることになる。

                  (草地試験場  清水矩宏)

  文 献

1)佐藤久泰.北海道における畑地帰化雑草の発生状況.植調.26,251-254(1992)

2)小林良次ほか.九州地域の飼料畑における外来雑草の発生実態とイチビ、ハリビユ、カラクサガラシの発芽予措法.日草九州支部会報.23(2)、14-20(1993)

3)近内誠登.帰化雑草と防除法の変遷.化学と生物.26,667-673(1988)

4)森田弘彦.Cyperus esculentus L.のわが国農耕地への侵入.植物研究雑誌.64(2)、22-24(1989)

5)森田弘彦.1980年代の帰化雑草の概観.農業技術.45(8)、6-11(1990)

6)森田弘彦.暖地水田における帰化雑草の動向について.植調.25,142-149(1991)

7)棟加登きみ子、上田允祥.堆肥・尿等に埋蔵された雑草種子発芽能力.九州農業研究.46,165(1984)

8)佐原重行.広島県内の長大飼料作物栽培圃場における雑草の発生状況.広島畜試研報.7,63-65(1989)

9)清水矩宏.飼料畑で増加してきた外来雑草の実態と応急対策.関東草飼研誌.16(2)、19-29(1992)

10)清水矩宏ほか.最近増加している草地・飼料畑の外来雑草の発生実態.雑草研究.39(別)、(1994)

11)清水矩宏ほか.草地・耕地への外来雑草の侵入経路の特定と定着・拡散機構.日草誌.40(別)、331-332(1994)

12)高林 実ほか.牛の採食による雑草種子の伝播に関する研究.農事試研報.27,69-91(1978)

13)竹内安智.アメリカにおける雑草防除の現状と動向(1).植調.22(11)、2-14(1989)

14)竹内安智.アメリカにおける雑草防除の現状と動向(2).植調.22(12)、2-14(1989)