Ⅱ 環境保全型農業技術

1.土壌の保全・養分管理

(2) 新肥料・土壌改良資材の開発と利用技術

1)肥効調節型肥料

 肥効調節型肥料は,現在,環境保全的な施肥管理に対応できる資材として期待されているが,これらの資材は,すでに1960年代に合成化学工業が発展する中で,肥料成分の効率的利用と施肥労力の省力等当時の農業事情を背景として,研究開発が進められ実用化されたものである(1)。現在,各種の肥効調節型肥料が市販されているが,肥効調節の作用機作により,緩効性肥料,被覆肥料,硝化抑制材入り肥料の3種に大別するのが妥当であろう。

 緩効性肥料は,緩効性窒素肥料と緩効性カリ肥料などがあり,資材そのものの化学的特性により肥料成分の溶解,無機化あるいは可給化が緩慢に行われる資材である。緩効性窒素肥料については,尿素-ホルムアルデヒド樹脂の肥料化(2)にはじまり,尿素と各種アルデヒド類の縮合物について,化学的特性や肥効特性などが解析され,尿素-ホルムアルデヒドの低度縮合物(ウレアホルム),尿素-アセトアルデヒド縮合物(CDU)および尿素-イソブチルアルデヒド縮合物(IB)が緩効性肥料として利用できることが明らかにされた(2,3)。さらに,石灰窒素を原料とするシアナミド変成化合物の中でグアニル尿素が緩効性窒素肥料として利用できることが明らかにされた(2)。これらの研究は,我が国における緩効性肥料研究の発端になったものである。また,これらの資材について地域別,対象作物別など広範な圃場栽培試験(4,5,6,7)が行われ,適切な施用指針作成のための基礎的知見が得れた。一方,土壌中における分解特性(3)が調べられ,CDU(8,9,10,11,12),オキサミド(13,14)およびグアニル尿素(15)では,特異な肥効調節機構が明らかにされた。

緩効性カリ肥料については,水に難溶性のカリウム塩からのカリウム溶出と土壌中での分布がシミュレーションモデルを用いて解析され,2種類のケイ酸カリウム化合物が緩効性カリ肥料として利用できることが明らかにされ(16),フライアッシュを原料としたケイ酸カリ肥料(17)が実用化された。

 被覆肥料についても,1960年代にすでに基礎的研究が開始され(18,19,20),1968年には,水稲,畑水稲および陸稲について11の県農試による連絡試験が行われ,肥料成分の溶出速度と作物の生育パターンの関係が解析された。その結果,肥料被覆により溶出速度を適切に調節することにより,窒素利用率を大幅に増大できることが確認され,被覆肥料開発の目標が明らかにされた(21)。その後,我が国では各種の溶出速度を持った被覆肥料が市販されたが,最近では従来の溶出パターンと異なった,いわゆるシグモイドタイプの被覆肥料(22)が開発されている。これは従来の被覆肥料が一次反応式に従って溶出するために,作物の生育初期には肥料成分が作物の窒素要求量よりも,過剰に供給される傾向であったが,この点を改良し初期の溶出を抑制したものである。この肥料は従来の被覆肥料の皮膜の内側に水溶性樹脂でもう一層の被膜を形成したもので,内部被膜成分が溶解する間は,肥料成分の溶出が抑制されるものである(22)。

 それらを適切に利用するために,土壌中における肥料成分の溶出特性が解析され,肥料成分の溶出曲線を一次反応式で近似し,速度定数や活性化エネルギーなど,個別肥料の特性値を求めて気象条件に応じて成分溶出を予測する方法(23)や溶出曲線を二次式で近似する方法(24)が提案された。水稲栽培では,このような被覆肥料の窒素溶出量の予測に基づいて,水稲の窒素吸収量と土壌窒素の発現量の予測から,適切な溶出タイプの被覆肥料の選定が試みられている(25,26)。さらに,水稲栽培では,施肥窒素を被覆尿素などで全量元肥あるいは元肥重点で施用する方法が検討され(27,28,29,30,31),全国的に普及しつつある。また,窒素の溶出がシグモイド型の被覆肥料を用いて,本田への施肥窒素量を育苗箱内に施肥し,移植苗と共に本田に施肥する「育苗箱全量施肥」技術が開発され,元肥窒素の利用率が低い不耕起移植栽培でも大幅に利用率を向上できることが明らかにされた(32)。以上のように水稲栽培においては,適切な被覆肥料を施用することにより,これまでの施肥法を一変させ,極めて効率的,省力的であり,環境保全的な施肥法として急速に普及している。

 肥効調節型肥料は,各種の畑作物の栽培(32,33)にも利用され,高い窒素利用率と増収が得られている。ダイズについては,培土期の被覆尿素追肥により生育中期の窒素栄養が改善され,着莢効率が向上し,莢数が成熟期まで維持され増収した(34,35)。被覆肥料を元肥深層施肥した場合には,成熟期における根粒の窒素固定活性をほとんど低下させることなく生育が増進し,収量も増加した(36)。また,深層施肥部位ではダイズ根の水分吸収と根密度が特に高く,吸収された窒素は土壌表層付近の根粒活性を抑制しないと推定された(37,38,39)。

野菜栽培では,緩効性窒素肥料(40)や被覆肥料(41)施用による効率的施肥法が検討されているが,地下水の硝酸汚染が指摘された黒ボク土畑作地帯におけるニンジン栽培(42)で,被覆肥料の利用により目標収量を確保しながら硝酸濃度を軽減できる施肥基準が策定された。さらに,桑(43)やクワイ(44)など各種作物について,肥効調節型肥料を利用した効率的施肥法が検討されている。また,窒素施肥に伴って発生する亜酸化窒素は,オゾン層破壊の原因物質であるが,肥効調節型肥料の利用によりその発生量を低減できることが明らかにされている(45)。

2)土壌改良資材

 環境問題や健康食品への関心が高まるなかで,有機質肥料や有機性廃棄物の利用が促進されているが,それに伴って有機物分解促進効果,土壌病害抑制効果あるいは土壌環境改善効果などさまざまな生物活性の効用を唱えた「微生物利用土壌改良資材」などの利用が増加している。しかし,これらの資材の実地圃場における効果は,試験年次や栽培条件により変動が大きく不安定であり,普遍性を持った結果が得られないのが現状である(46,47)。一方,安定した土壌病害の防除効果を有する資材の開発が進められている。有機質肥料の化学組成と土壌微生物相変化の解析に基づいた有機質肥料と拮抗菌を組み合わせた土壌改良資材の調製(48),各種コンポストからの植物病原菌に生育抑制作用を示す枯草菌の選抜とコンポストへの定着(49),根面生息細菌へのキチナーゼ生産遺伝子導入とアルギンビーズによる遺伝子導入菌の固定(50)など,多様な手法により実用化を目指した基礎研究が進められている。また,微生物資材の品質や性能の評価法に関する試験(51)も行われたが,実用的な評価法を提案するまでには至っていない。

 高吸水性ポリマーは新しい農用資材として育苗や節水栽培への利用とともに,法面緑化や樹木移植,さらに乾燥地緑化(52)など環境保全への利用が期待されている。ビニルアルコール・アクリル酸ナトリウムを主成分とする高級吸水性ポリマーの混合により土壌の有効水分は増加し,特に砂質土壌で顕著であり,ポリマーに保持された水は植物に有効であった(53)。ポリマーの混合により土壌水の蒸散が緩慢になり,塩類の洗脱が抑制された(54)。野菜の生育は,土壌の種類,潅水頻度,野菜の種類によらず,ポリマーの混合区で優った(54)。一方,このポリマーの保持水は,塩類濃度が増加するにつれて著しく低下し,水で洗浄すると回復した(55)。ポリマー中のほとんどのカルボキシル基が陽イオン交換に関与しており,この交換容量は土壌混合の場合に無視できない量であった(55)。

                    (農業環境技術研究所 尾和尚人)

文 献

1) 早瀬達郎.緩効性窒素肥料小史.肥料.67. 13-35(1994)

2) 早瀬達郎.緩効性窒素肥料に関する研究(Ⅰ).農技研報告.B18,129-303(1967)

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13) 境 昭二 ほか.オキサミドの土壌中における分解機構.土肥誌.56,26-30(1985)

14) 境 昭二 ほか.オキサミドの水稲における吸収機構と体内移行性.土肥誌.56, 92-98(1985)

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