Ⅱ 環境保全型農業技術

 1.土壌の保全・養分管理

  (3)肥料利用率の向上技術

    1)土壌診断技術

 この節は,「日本土壌肥料学雑誌・部門別進歩総説特集号」(土肥誌,64,1993)に文献の大部分を依拠した。

     ア.土壌診断手法

 土壌窒素の反応速度論に基ずく無機化予測法が開発され,その総合的論議と解説がなされ(56),面的な土壌生産力や土壌の腐植含量推定法の評価のためにランドサット情報の利用法が開発され(4,13),可給態リン酸の精密土壌診断手法として根圏土壌供試の有効性が示され(51),根圏土壌採取器(リゾボックス)が開発され(29),土壌診断のための硝酸態窒素の小型・簡易定量機器が考案され,その特性が検討された(6,34,84)。

 土壌・土壌微生物・作物系によって定められる環境容量の概念が提起され,黒ボク土野菜畑の窒素(76),亜鉛の環境容量が試算され(76-2),環境保全型作物栽培を支援する土壌診断研究の現状,診断機器・ソフトの開発状況,今後の課題等が解説された(76-3)。

     イ.水田

 反応速度論に基づく土壌窒素の無機化予測法により熊本県の水田土壌(3),瀬戸内地方の灰色低地土水田土壌(17),有機物長期連用水田土壌(52)の無機化特性値が求められ,この特性値と乾土効果,地温上昇効果の関係が検討された(71,74)。また,沖積水田土壌,庄内地域グライ土壌の窒素無機化過程は,単純並行型モデルにあてはまることが確かめられた(1,9)。

 反応速度論に基づく水田土壌の可分解性窒素量は室温での希硫酸抽出窒素量との相関が高いことが解明され(10),この無機化特性値の簡易測定法としてソレンセン緩衝液抽出法が最適とされた(73)。生育初期の土壌窒素無機化量が推定され(35),グライ土壌の可分解性有機態窒素と水稲の収量構成要素の関係について検討がなされた(11)。

 春先の水田土壌の乾燥状態を考慮した土壌窒素無機化の予測法が示され(68),この乾土効果発現予測法の有効性が山形県の水田で検証され(70),さらに,立毛下水田の無機態窒素のモニター法が考案された(69)。

 施肥窒素の土壌中における動態解析法として,重窒素トレーサーによる新手法が提案され(81,82,83),この手法により,たん水土壌の有機態窒素の無機化は,有効積算温度法により推定可能となり(61),堆肥施用来歴を異にする圃場土壌の無機化窒素発現とその窒素吸収が定量化された(62)。

 田畑利用の際の土壌窒素の無機化の様相が検討され,たん水下のほうが畑条件よりも有機態窒素の無機化量が多いことが解明され(38),輪換田の窒素施肥基準が,畑期間の作物種・施肥による土壌窒素の無機化とその年次ごとの変化をもとに,輪換後の年次ごとに示され(39,42,65),さらに,石川県では土壌窒素無機化予測に基づく「システム施肥法」が提唱された(20)。

 以上の主な内容は成書としてと取りまとめられた(49)。

 具体的な施肥法については,全量基肥施用技術の開発に向けて,土壌窒素の発現と被覆肥料の溶出パターンを簡易に予測する試験が,山形(72),愛知(15,24,26,25),滋賀(50),福岡(80)で行なわれ,八郎潟干拓地輪換水田での下層土からの窒素無機化を考慮した無機化窒素モデルが検討され(19),窒素利用率のきわめて高い育苗箱全量施肥法が開発された(19-2)。

 窒素以外の養分では,有効態硫黄の評価にはCa(H2PO4)2溶液で抽出される無機の硫黄だけでなく,有機物から無機化する硫黄が無視できないこと(27),土壌とケイ酸石灰肥料のケイ酸供給力の温度依存特性(57),有機物とケイ酸石灰肥料のケイ酸供給力の特性(58)が明らかにされ,可給態ケイ酸の診断手法として「逐次上澄法」が提案され(21),田畑輪換に伴うリン酸の動態に基づくリン酸の溶出抑制対策が検討された(40)。

 ナタネ油かすの水田での分解過程,水稲への適正施用量,米の品質・食味への影響が検討され(16),有機質肥料・有機物の窒素供給特性を定量化する研究が数多く進行している。

     ウ.畑土壌

 反応速度論的解析手法によって,有機質肥料を長期に連用した土壌の地力窒素が解析され(77),その窒素無機化特性値の違いが定量化され(78),寒冷地畑土壌窒素の無機化過程が解析され(47),その窒素無機化量が予測され(71),窒素無機化に水移動モデルを組み入れた窒素動態予測がなされた(46)。さらに,無機化特性値と各種可給態窒素指標との関係が検討され(48),地力窒素の簡便評価法として,リン酸緩衝液抽出液の吸光度法(37),水酸化ナトリウム分解性窒素法(43),オートクレーブ1時間抽出液の紫外線吸収法(45,48)が考案された。また,レタス作付期間の地力窒素の動態がリン酸緩衝液抽出法によって追跡された(5,79)。

 化学性診断基準作成のため適正塩基組成が調査され(8,23),根圏微生物の多様性を指標として作付体系と有機物施用が評価され(36),地力窒素を利用した施肥体系(60),高品質イモ生産のための土壌診断・適正施肥法(66)が検討された。

     エ.露地野菜

 寒地における土壌診断指針とその問題点が提示され(7),有機物利用の関係では,きゅう肥連用によりリン酸が顕著に蓄積するためリン酸施用量の見直しが必要とされ(41),堆肥施用により作物の土壌窒素依存率が向上することにより肥料利用率が低下し,肥料施用量の調節につながる見地が得られ(44),生産の持続性を確保するために,土壌の理化学的・生物学的性質を尺度として有機質資材の特性を考慮した複合およびリレー施用が提案された(14)。

     オ.施設園芸

 わが国の野菜畑における塩集積進行の実態と改良法(2,38-2,67)が取りまとめられ,寒地ハウス土壌の窒素集積に対応した土壌管理指標が示され(55),施設土壌の硝酸塩蓄積の原因が検討され(64),土壌診断システムが改良され施設野菜土壌に適用された(12)。

 個別の作物ごとには,ホウレンソウに対するカリウムの土壌診断基準値が提案され(33),トマト栽培土壌の塩類集積実態と集積した硝酸態窒素の簡易測定法が検討され(63),花き栽培ハウスにおける土壌・施肥管理の諸問題が整理され(53,53-2),バラ葉のクロロシスはリン酸の過剰蓄積・吸収に起因する鉄欠乏と診断された(41)。

     カ.牧草・飼料・永年作物

 寒地火山性土草地の土壌診断に基づくリン施肥基準が設定された(31,32)。

 茶園圃場を対象として,土壌中の窒素濃度診断に基づく時期別の基準が設定され(28),また,土壌中の無機態窒素をECセンサーを利用して連続測定し,これを指標とした適正な施肥によって,窒素投入量の節減が可能となった(18,54)。

 カキの窒素施肥基準と土壌診断基準値が提案され(22),わい性台木リンゴ栽培では,苗木栽培跡地の高pHと塩基過剰による生育不良が認められ(30),土壌型別に施肥基準が新規に設定された(75)。

                    (農業研究センター 上沢 正志)

 文 献

1) 安藤 豊 ほか.土肥誌,60,1(1989)

2) 土岐和夫 ほか.塩類集積と土壌,土肥学会編.東京,博友社,1991,96-122

3) 郡司掛則昭.九州農業研究,51,90(1989)

4) 畠中哲也 ほか.土肥誌,60,426(1989)

5) 樋口太重 ほか.長野中信農試研報,7,51(1989)

6) 平岡潔志 ほか.土肥誌,61,638(1990)

7) 北海道農業試験研究推進会議,北海道農試.北海道における土壌・作物栄養診断の現状と問題点,1990,

8) 細谷 毅,山口幹周.農及園,63,39(1988)

9) 藤井弘志 ほか.土肥誌,60,8(1989)

10) 藤井弘志 ほか.土肥誌,61,92(1990)

11) 藤井弘志 ほか.土肥誌,63,58(1992)

12) 藤原俊六郎.神奈川園試研報,38,51(1989)

13) 福原道一 ほか.リモセン誌,10,239(1990)

14) 兵庫中央農技センター・奈良農試・和歌山農試,地域重要新技術研究成果, 1(1989)

15) 今井克彦,今泉諒俊.愛知農総試研報,21,41(1990)

16) 井上恵子.福岡農総試研報A,11,9(1991)

17) 石橋英二.近畿中国農業研究成果情報,77(1989)

18) 岩橋光育,静岡茶試研報,16,27(1992)

19) 金田吉弘 ほか.土肥誌,60,399(1989)

19ー2)金田吉弘 ほか.土肥誌,64,385(1994)

20) 北田敬宇.土肥誌,61,241(1990)

21) 北田敬宇 ほか.土肥誌,63,31(1992)

22) 北嶋敏和 ほか.岐阜農総研セ研報,2,1(1988)

23) 北村秀教 ほか.愛知農総試研報, 20,339(1988)

24) 北村秀教 ほか.愛知農総試研報,21,47(1989)

25) 北村秀教,今泉諒俊.愛知農総試研報,22,51(1990)

26) 北村秀教,今泉諒俊.土肥誌,62,439(1991)

27) KOUNO,K.and OGATA,S.Soil Sci.Plant Nutr.,34,327(1988)

28) 久保田朗 ほか.福岡農試研報A,9,87(1992)

29) 丸本卓哉.土肥誌,63,602(1992)

30) 松井 厳 ほか.東北農業研究,41,227(1988)

31) 三枝俊哉 ほか.北海道立農試集報,60,111(1990)

32) 三枝俊哉 ほか.土肥誌,61,522(1990)

33) 三井寿一 ほか.福岡農総試研報B,8,33(1988)

34) 中路清和.土肥誌,62,178(1991)

35) 中西政則 ほか.土肥誌,60,60(1989)

36) 新田恒雄.土と微生物,34,41(1989)

37) 小川吉雄 ほか.土肥誌,60,160(1989)

38) Ono,S.Soil Sci. Plant Nutr.,35,417(1989)

38ー2) 小野信一.農及園,69,888(1994)

39) 小野 剛 ほか.東北農業研究,43,67(1990)

40) 大橋恭一.滋賀農試特別研報,16,3(1989)

41) 大橋恭一.滋賀農試特別研報,16,29(1989)

42) 大竹俊博.土肥誌,59,504(1988)

43) 六本木和男.埼玉園試研報,17,1(1990)

44) 六本木和男 ほか.土肥誌,63,696(1992)

45) 斉藤雅典.土肥誌,59,493(1988)

46) 斉藤雅典.東北農試研報,82,63(1990)

47) 斉藤雅典.土肥誌,61,237(1990)

48) 斉藤雅典.土肥誌,61,265(1990)

49) 関矢信一郎 ほか.日本土壌肥料学会編,博友社,東京,1990,

50) 柴原藤善 ほか.滋賀農試研報,33,17(1992)

51) 渋谷加代子 ほか.土肥学会講演要旨集,37,131(1991)

52) 塩原 孝,上原敬義.関東東海農業の新技術,7,92(1991)

53) 白崎隆夫.農及園,65,525(1990)

53ー2) 白崎隆夫.農及園,65,626(1990)

54) 静岡県茶業試験場.地域重要研究推進会議資料(1992)

55) 相馬 暁.土肥誌,59,320(1988)

56) 杉原 進 ほか.農及園,63,29(1988)

57) 住田弘ー,大山信男.土肥誌,61,253(1990)

58) 住田弘ー,大山信男.土肥誌,62,386(1991)

59) 住田弘ー.土肥誌,63,633(1992)

60) 鈴木則夫,松浦英之.静岡農試研報,34,55(1989)

61) 高橋 茂,山室成一.土肥誌,63,463(1992)

62) 高橋 茂,山室成一.土肥誌,63,505(1992)

63) 瀧 勝俊,沖野英男.愛知農総試研報,22,285(1990)

64) 瀧 勝俊,沖野英男.愛知農総試研報,23,271(1991)

65) 種田貞義 ほか.新潟農試研報,38,41(1992)

66) 谷口健雄.土肥誌,63,723(1992)

67) 谷本俊明.塩類集積と土壌,土肥学会編.東京,博友社,1991,71ー95

68) 鳥山和伸 ほか.土肥誌,59,531(1988)

69) 鳥山和伸.土肥誌,60,185(1989)

70) 上野正夫 ほか.土肥誌,60,167(1989)

71) 上野正夫 ほか.土肥誌,61,273(1990)

72) 上野正夫 ほか.農及園,65,823(1990)

73) 上野正夫 ほか.土肥誌,62,303(1991)

74) 上野正夫 ほか.山形農試研報,26,121(1992)

75) 梅津秀樹 ほか.東北農業研究,44,179(1991)

76) 上沢正志.土肥学会講演要旨集,39,120(1993)

76-2) 上沢正志.土肥学会講演要旨集,39,122(1993)

76-3) 上沢正志.土肥誌,65,449(1994)

77) 山田 祐,鎌田春海.神奈川農総試研報,16,131(1989)

78) 山田 祐.神奈川農総試研報,133,67(1991)

79) 山田和義 ほか.長野中信農試研報,7,61(1989)

80) 山本富三.水田土壌の窒素無機化と施肥,日本土壌肥料学会編,博友社,東京,1990,110

81) 山室成一.土肥誌,59,538(1988)

82) 山室成一.土肥誌,59,549(1988)

83) 山室成一.九州農試研報,27,1(1991)

84) 山崎晴民,六本木和夫.埼玉園試研報,19,31(1992)