Ⅱ 環境保全型農業技術

1.土壌の保全・養分管理

(4)微生物利用による養分供給の促進技術

3)リン溶解菌の利用技術

 リン資源の消費予測によると、2035年までに安価なリン資源(回収コスト35ドル/t以下)を消費してしまい、さらに2066年までに現在確認されているリン資源の埋蔵基礎量(回収コスト100ドル/t以下)をすべて消費しつくすことになる(21)。そのため、リン資源を効率的に利用することはきわめて重要であり、リンの難溶化を防止することおよびリンの循環利用を図ることが必要である。また、土壌に難溶化して蓄積しているリンを可溶化すること、低品位、低品質のリン鉱石を利用することも大きな課題である。そのための一つの方策としてリン溶解菌の利用が考えられる。

 土壌中に蓄積しているリンには、カルシウム、アルミニウム、鉄などと結合した無機態リン及びフィチン酸等の有機態リンがある。これらは難分解性、難溶性で植物に利用されにくい。リン鉱石は結晶化が進んだ無機リン酸で難溶性である。微生物の機能を活用して土壌蓄積リンを有効利用する試みは以前からあったが、ここ数年間の研究でその基本原理が確立されたと思われる。

 無機の難溶性リンを溶解する微生物をリン溶解菌と呼び、これには硫黄酸化細菌、硫酸還元菌、有機酸生成菌が含まれる。このうち有機酸生成菌が最も広範にかつ多数生息するので、活用できる可能性が大きい(19)。そのため、主として有機酸生成型のリン溶解菌を対象として、菌数・活性の調査方法が確立され、分布及ぴ機能発現条件が検討された。

 土壌中のリン溶解菌の計数および分離には、新しく沈澱したリン酸カルシウムを分散させたジャガイモショ糖イーストエキス寒天(PDYA)培地を用いた希釈平板法が適していた(13,18)。この方法でリン溶解菌を計数した結果、那須山麓の草地・林地のリン溶解細菌・放線菌は乾土1g当たり10^5から10^6レベル、リン溶解糸状菌は10^5レベルで存在した。

 可給態の有機物の存在下で溶解されたリンの大部分は、バイオマスリンに変換されるので、土壌中でのリン溶解活性をバイオマスリンと可給態リンの変化量から求める方法が考案された(13)。この方法では、リン溶解活性の測定にバイオマスリンの測定が必要なので、黒ボク土等リン酸固定能の高い土壌にも適用できる土壌バイオマスリンの測定法が検討され、土壌懸濁液トルエン処理法が確立された(12,16)。

 有機酸生成型のリン溶解菌は、可給態の炭素源となる易分解性有機物の存在下で増殖するとともに活性化し難溶性リンを溶解するが、溶解されたリンはそのままでは時間の経過とともに再び難溶化する可能性がある。ところが、易分解性有機物の存在下では、それを利用して増殖してくる一般の土壌微生物の菌体に、溶解されたリンは直ちに取り込まれ、土壌バイオマスリンに変換されることが示された(8-11,14,19)。

 VA菌根菌は可給態リンを効率的に収集して植物にリンを供給することが知られている。このVA菌根菌の機能を、バイオマスから放出された可給態リンの植物による吸収の促進に活用できれば可給態リンの再難溶化を低減できると考えられる。そこで、リン溶解菌の機能に土壌バイオマス及ひVA菌根菌の機能を組み合わせて、リン溶解菌によって溶解されたリンを植物に効率的に吸収させる可能性が検討された(8,9,10,15)。易分解性有機物を土壌へ添加すると、可溶性リンはバイオマスに取り込まれ、有機物の枯渇後、微生物の死に伴ってバイオマスリンが可給態リンになって徐々に放出された。また、土壌の風乾やクロルピクリンくん蒸など、微生物を殺す処理を行なうと1日でバイオマスリンは可給態リンとなって放出された。死んだ菌体のリンはアルファルファによって吸収利用され、アルファルファの生育を促進した、さらに、VA菌根菌Scutellospora gregariaを接種すると乾物収量、リン吸収量とも1.5倍になった。

 このように、易分解性有機物の存在下でリン溶解菌によって溶解されたリンは、一旦、土壌バイオマスに取り込まれ、微生物の死後、放出されて植物に吸収利用されるので、リン溶解菌、土壌バイオマス及びVA菌根菌の機能を組み合わせて、土壌の難溶性リンの植物による効率的な利用を図り得ることが明らかになった。

 リン溶解菌とVA菌根菌を組み合わせて植物のリン吸収と生育を促進した他の例がある。熱帯・亜熱帯の土壌での木本植物(ギンネム、ソウシジュ、フウ)の生育に対するリン溶解菌(グラム陰性桿菌)とVA菌根菌(Glomus属)の接種効果が検討され、土壌によって異なるがそれぞれの接種効果と相乗効果が明らかにされた(22)。VA菌根菌のいない土壌にリン鉱石とわらを加え、リン溶解糸状菌の種(Penicillium bilaji)を接種して小麦を栽培すると、VA菌根菌の接種によってリン吸収が著しく向上することが報告された(17)。

 リン鉱石をリン酸肥料として活用する方法が検討され、リン鉱石と元素状硫黄の粉末に硫黄酸化細菌Thiobacillusを接種してタンク培養すると、生成した硫酸によってリン鉱石が部分溶解され、可溶性リン酸が生成することが明らかにされた(4)。このように、土壌中だけではなく、肥料製造過程でのリン溶解菌活用の可能性が示された。

 一方、土壌に蓄積している有機態リンの主体をなしているのはフィチン酸であり、これは金属イオンや塩基性アミノ酸などと親和性が高く、土壌中では難溶性の金属塩あるいは腐植との複合体として存在している可能性が高い。このような難分解性リンを無機化するためには生化学的手段が有効とされる。そのため、有機態リンの分解に関与する土壌ホスファターゼ、特にフィターゼの起源、作用条件、土壌中での活性増進条件が検討され、以下の結果が得られた(1-3,20)。

 土壌間で基質特異性に幾分相違がみられたが、概して土壌ホスファターゼの基質特異性は低く、さまざまなヌクレオチド、糖リン酸の分解が可能であった。しかし、ミオイノシトールのリン酸エステルであるフィチン酸だけは、種々の土壌の抽出液でほとんど分解できなかった。抗生物質処理によって土壌微生物のフロラを変えたときの土壌ホスファターゼ活性の変動からこれら酵素の主要部分が糸状菌に由来している可能性が示された。土壌環境条件、特に水分やpHは土壌ホスファターゼの産生に重要な影響をもたらした。土壌がpF3~4のやや乾燥状態で、pHが酸性側にあるとき、ホスファターゼ産生量が最大となった。

 土壌に生息する糸状菌の多くが強いフィターゼ産生能をもっており、難分解性のフィチン酸金属塩をも徐々にではあるが分解可能であることが分かった。土壌中のこれらの微生物の活性向上条件が検討され、収穫物残さや緑肥作物、雑草などの植物資材の多くに、菌密度を高め、土壌ホスファターゼ活性を著しく向上させる効果があることが分かった。また、これらの資材と土壌から分離したフィターゼ産生能の高い菌の接種を組み合わせることで、さらに有機リン分解活性の向上が図れること、植物資材との共存により接種菌が比較的長期にわたって土壌に定着可能であることが明らかになった。

 北海道の十勝地方の有機物管理来歴の異なる圃場での有機リン加水分解酵素活性が調査された(7)。堆肥施用土壌で活性の増大傾向が認められ、土壌に各種有機物を加えた培養試験の結果から、易分解性の炭素、窒素を多く含んだ有機物の添加で活性が向上することが示された。同様の結果は圃場試験からも得られた。

 また、土壌ホスファターゼの酵素学的な検討がなされ、カラマツ森林土壌のホスフォジエステラーゼの性質が明らかにされた(5,6)。

                        (農業環境技術研究所 木村龍介)

   文 献

1)藤原伸介、原田靖生.ホスファターゼによる土壌蓄積有機リンの有効利用.農環研成果情報.5,29-30(1989)

2)Fujihara,S. and Harada,Y. Decomposition of phytic acid by soil microorganisms. Transactions of 14th International Congress of Soil Science. 3,1990,361

3)藤原伸介ほか.土壌の生化学的機能活用による土壌蓄積りんの効率利用.土壌蓄積りんの再生循環利用技術の開発.研究成果.259,71-83(1991)

4)Ghani,A. et al. Enhancement of phosphate rock solubility through biological processes. Soil Biol.Biochem. 26, 127-136(1994)

5)Hayano,K. Characterization of phosphodiesterase component in a forests soil extract. Biol.Fert.Soils. 3, 159-164(1987)

6)Hayano,K. Characterization of two phosphodiesterase components in an extract of larch forests soil. Soil Sci. P1ant Nutr.34,393-403(1988)

7)東田修司ほか.十勝地方の土壌での有機リン酸加水分解酵素活性とその向上.北農.57,333-342(1990)

8)Kimura,R. and Nishio,M.Contribution of soil microorganisms to utilization of insoluble soil phosphorus by plants in grasslands. Proceedings of the Third Grassland Ecology Conference. 1989,10-17

9)木村龍介ほか.リン溶解菌を用いた土壌中の難溶性リンの有効利用.草地試験場資料平成1-1:草地飼料作研究成果最新情報.4,77-78(1989)

10)Kimura,R. et al. Utilization of phosphorus by plant after solubilization by phosphate-solubilizing microorganisms insoil. Transactions of 14th International Congress of Soil Science. 3, 1990, 228-229

11)木村龍介.リン溶解微生物.総合農業研究叢書:農業有用微生物.東京,養賢堂.1990,465-476

12)木村龍介ほか.バイオマス態りん.研究成果259:土壌蓄積りんの再生循環利用技術の開発.農林水産技術会議事務局.1991,18-21

13)木村龍介ほか.りん溶解菌及び溶解活性の調査方法の確立.土壌蓄積りんの再生循環利用技術の開発.研究成果.259,84-87(1991)

14)木村龍介ほか.りん溶解菌の機能発現条件の検討.土壌蓄積りんの再生循環利用技術の開発.研究成果.259,87-92(1991)

15)木村龍介ほか.りん溶解菌・菌根菌および土壌バイオマス利用によるりん吸収促進.土壌蓄積りんの再生循環利用技術の開発.研究成果.259,135-141(1991)

16)木村龍介、西尾道徳.土壌バイオマスPの測定法.土と微生物.39,49-52(1992)

17)Kucey,R.M.N. Increased phosphorus uptake by wheat and field beans inoculated with a phosphorus-solubilizing Penicillium bilaji strain and with vesicular-arbuscular mycorrhizal fungi. App1.Environ.Microbiol. 53, 2699-2703(1987).

18)Nishio,M. Some ecological features of phosphate-solubilizing microorganisms in grassland soi1s. Proceedings of the 15th International Grassland Congress. 1985,483-485.

19)西尾道徳、木村龍介.リン溶解菌とその農業利用の可能性.土と微生物.28,31-40(1986)

20)農環研土壌生化学研究室.ホスファターゼによる土壌蓄積有機りんの分解促進.農環研年報.6,56-63(1988)

21)小田部広男.リン資源の現在と未来.Gypsum & Lime. 210, 307-316(1987)

22)Young,C. Effects of phosphorus-solubilizing bacteria and vesicular-arbuscular mycorrhizal fungi on the growth of tree species in subtropical-tropical soils. Soil Sci. Plant Nutr. 36, 225-231(1990)