2.病害虫・雑草防除
(1)新化学農薬の開発と利用技術
2)化学農薬の環境負荷軽減及び持続的利用技術
ウ.除草剤
(ア)除草剤の連用施用による雑早発生の遷移
除草剤の使用による雑草群落への影響は、薬剤の使用方法によって大きく異なる。その群落組成の変化は、同一あるいは類似の薬剤が連用される水田や、強い効果をもつ薬剤使用が行われる果樹園や非農耕地で現れやすい。主要水田雑草の発生状態を調査した結果、一年生雑草から競合相手であるホタルイ、ウリカワ、マツバイ、コナギなどに代表される多年生雑草の増加へと、除草剤に抵抗性の高い雑草種に変わってきている(34)。また、果樹園での下草組成はその薬剤処理区によって特有の種の消失と特有の種の増加がみられ、連用3年後の種組成に顕著な逢いも認められている(10)。除草剤の連用は、発生する雑草種の変化や、殺虫剤や殺菌剤と同様に植物の抵抗性の獲得へと雑草に様々に作用するが、さらには、植生が変わったことに起因する土壌微生物相などの活性や生態にまで直接・間接的に影響を及ぼすことが示唆されている(20)。除草剤に対する抵抗性の出現は、最初にトリアジン系化合物がノボロギクに対して観察されたが、わが国では、パラコートなどのビピリジリウム系除草剤に対するキク科抵抗性バイオタイプで認められている。
畑地においてパラコートを20年間継続して年3回処理した場合の雑草の発生草種と発生量を調査し、雑草管理に関して注目すべき結果を得ている。発生雑草総量は試験開始初年度から8年目まで急激に減少したがそれ以後はほぼ一定であり、さらに、多年生雑草及び冬雑草(一年生)が比較的短期間で消失したのに対し、メヒシバ・スベリヒユ・シロザ等の夏雑草(一年生)が試験開始時と比較して発生量が減少したものの、優先草種として連年にわたり一定の発生量が継続した(12)。また、パラコート抵抗性雑草の出現は1980年に河川敷内の桑園で初めて確認されて以来、その抵抗性雑草の防除法を確立するために分布実態が調査されている。埼玉県の桑園におけるパラコート抵抗性ハルジオンの出現率は、80%以上の高い水準で県内の桑園に広く分布しており、その抵抗性個体は園内周辺から中央部に侵入する形跡が伺われた(7)。この抵抗性ハルジオンはパラコートの散布回数が多い各地の桑園で確認されており、特に、関東から西日本への分布が多い(22)。ハルジオンのほかに、ヒメムカシヨモギ・オオアレチノギク・オニタビラコなどでも抵抗性バイオタイプが発見されている。
(イ)抵抗性発現の機構とその対応策
薬剤に対する抵抗性は、ある集団がその薬剤に連続的に暴露された時、その集団にごく少数存在していた抵抗性の個体が、感受性集団の競争力低下により結果的に優占化して発現すると考えられている。その発現の速度は殺虫剤や殺菌剤と比較して遅く、その理由として(1)世代交代が遅い。(2)抵抗性個体が感受性個体(競争力が高い)と競合する機会が多い。(3)他の雑草防除法を採用することにより同一薬剤の連用が少ないなどが挙げられる(11)。生理・生化学的に抵抗性発現機構がいくつかの薬剤で解明されている。トリアジン系除草剤は、光合成の光化学系Ⅱの電子伝達を阻害して除草活性を発揮するが、その作用点である葉緑体中の電子受容タンパク(作用部位)との結合性の変異が抵抗性発現の主な原因とされている(31)。スルホニル尿素系などのアセト乳酸合成酵素(ALS)阻害剤の場合、その抵抗性バイオタイプではALSが変異し薬剤と結合しないこと、あるいは報告例は少ないが薬剤の分解能が高まることに起因し、多くのALS阻害剤間で交差抵抗性が示されている(23)。さらに、パラコート抵抗性機構として、(1)葉緑体内で生成されるスーパーオキシドラジカル等を解毒する酵素(SOD)活性が高まる、(2)植物体内への移行速度の低下によるとする報告(2,32)もあるが、解明されていない部分が多い。
抵抗性発現に対し治療的には、抵抗性のついた薬剤と化学構造、作用性が異なる薬剤を混合したり、置き換えることなどが実施されている。予防には、発現の原因が同一除草剤の連用であるから、除草剤のローテーションを行うことが最も有効である。今後の課題として、新規除草剤の潜在的リスクの早期評価、雑草全般の抵抗性の基準の確立および抵抗性検出方法の開発、現場における抵抗性の検出・モニタリンクプログラムの開発の重要性などが挙げられ(31)、さらに、除草剤だけに頼らない生物的、耕種的方法を加えた雑草の総合防除が望まれる。
なお、除草剤の抵抗性発現の積極的利用策として、抵抗性作物の作出が考えられ「細胞選抜法」、「細胞融合法」、「形質転換法」などの細胞工学手法を用いて、ビアラホス、グリホセート、スルホニルウレア系除草剤などに抵抗性を示す遺伝子が作物に導入されている(9,24)。その形質転換植物が圃場で栽培され、導入遺伝子の安定性、生態系への影響等について試験が行われているが、この様な作物への導入にあたっては様々な角度からの十分な検討が必要である。
(ウ)薬害の発生と薬害軽減剤の利用
防除したい雑草と作物に対する除草剤の選択性が薬害の発生に大きく関係してくる。作物に対して耐性以上の薬量が散布されたり、土・水・大気を経由して薬剤及び活性のある代謝物が周辺の感受性作物に到達した場合に薬害が発生する。埼玉県でニンジンの収量低下が観察され、その原因究明のため数種の使用除草剤に関して土壌残留性を調査した結果、収穫時のニンジンの重量はトリフルラリンの土壌残留性と高い相関があり、中でも粒剤で施用したときに高い残留量とニンジンの重量低下が認められた(16)。また、同じ埼玉県で水稲障害が起こり、圃場の土壌残留試験により、その薬害原因は鉄道敷きに使用された非農耕地用除草剤ブロマシルが水田に流入したことによると考察された(16)。さらに、薬害は栽培環境条件の変動によっても発生することがα-クロロアセトアニリド系除草剤ブタクロール、プレチラクロール、NSK-850の試験から検討された。移植水稲を湛水深1,4,8cmで栽培し水稲の生育を調査した結果、これらの薬剤では、移植水稲における湛水深が浅いほど水稲の草丈が短くなる現象が認められ、その要因として、水稲の薬剤吸収部位である根部及び茎部の水中及び土中の除草剤濃度が高いことによると結論された(19)。
極めて低薬量で高活性をもつスルホニルウレア系の除草剤は作物と雑草との分解代謝能の違いから選択性を付与した薬剤である。しかし、栽培条件等によっては、作物に対して薬害が発生することが報告されており、この薬害軽減作用をもつ化合物の選択やその効果などが調べられてきている。水田用除草剤ベンスルフロンメチル(BSM)によるイネ根部の伸長阻害は、チオカーバメート系除草剤ジメピペレートとの同時処理によって明確に回復した。ジメピペレートの効果は、BSMのイネ根部への吸収を抑制することと、未分解BSMの割合を減少させ代謝を促進することによるものであった(25)。さらに、BSMと数種のチオカーバメート系除草剤ベンチオカーブ、MY-93、CH-83、SC-2957及びモリネートとの同時処理により薬害軽減作用を検討した結果、モリネートを除く薬剤でBSMに起因する生育抑制を明白に軽減した(33)。ベンチオカーブ、MY-93、モリネートを茎葉処理したイネ苗の葉におけるBSMの半減期は、それぞれ1.9、2.6、7.9時間を示し無処理の8.4時間との比較により薬害軽減作用をもつ薬剤が代謝反応を促進することが示唆された。ジメピペレートの薬害軽減作用は、BSM以外にもペンデメタリン、クロメプロップ、フエノチオール、MCPB、ベンスライドのような根部障害型の除草剤でも観察され、特に、オーキシン型除草剤では薬害が出易い高温においても薬害が軽減され、混合割合についてはオーキシン型除草剤1に対して1-30当量の範囲で良好な効果が得られた(8)。なお、ジメピペレートの除草作用発現機構に関して、植物の主要代謝系に及ぼす影響が感受性植物タイヌビエの第4葉から切り出した葉片を用いて調べられた結果、アセテートの葉片への吸収と脂質画分への取り込みが10^-6Mでも阻害し、本薬剤の作用点に脂質生合成系が含まれることが明らかになった(13)。
(エ)除草剤使用量の低減化
化学合成化合物である除草剤への過剰な依存は、農薬散布者への毒性ばかりでなく、抵抗性バイオタイプの出現による薬剤自身の除草効果の低下、環境汚染等などの問題を生じる。除草剤の効果を長期的かつ安定に持続し、かつ、人間及び環境に広く安全性を保証するため、可能な限り使用量を少なくすることが重要である。このような観点にたって、雑草の発生予測診断法の開発、除草剤の散布適期、あるいは薬剤のローテーション等に関する研究が行われている。
全国12試験地において40体系での除草剤連用を行い、雑草の変遷調査結果を基にして雑草発生を推定している。残草本数から次年度発生本数の推定は、一年生広葉雑草とヒエについては残草本数0本を除いた場合、ホタルイについては5本/㎡以上の残草がある場合に可能であることが示された(5)。圃場における雑草の年間発生数を予測するには、耕起直後の埋土種子の活性を調査することが確実であるが、雑草種、その発芽程度及び土壌サンプリング数からサンプリング計画の確立が試みられ、各種雑草についての土壌サンプリング数が求められた(27)。最近の雑草対策は完全に雑草を撲滅するよりは雑草害が生じない水準に雑草量を制御するという傾向に変わりつつある。このような点からダイズに対するメヒシバの雑草害の診断法を開発するため、メヒシバ単植群落の成長・発育モデルとダイズの成長・発育モデルを個別に策定し、実測値と比較して妥当性が検証された(29)。さらに、雑草害を予測して総合的に防除する方法の決定を支援することを目的として雑草発生予測、雑草および作物の成長・発育予測、雑草害診断予測、気象情報予測の4個のサブシステムから各種データベースの構築が試みられている。雑草防除法として化学的・機械的・生態的防除法、環境への影響防除時期、防除程度、経済性等についてのデータベース化が想定された(28)。
除草剤の使用適期を雑草の発生消長から検討した例として、九州早期水稲栽培での雑草発生が普通期と比較して遅いことから、薬剤処理時期を使用基準の範囲内で遅くすること(6)、タイヌビエに対するプレチラクロールの散布適期はタイヌビエの葉齢と積算温度から推定し早期栽培で発生直後から約1.5葉期、普通期で発生前から約1.5葉期とした(15)。ハマスゲに対する除草剤の生育期別除草活性は、生育初期には低いが茎葉部の成長に伴い高まり塊茎形成始期に最高であり(14)、また、グリホサートのワルナスビに対する散布適期はワルナスビの開花中~後期から成熟初期(17)、グルホシネートのメヒシバに対しては2葉期、草丈10cmまでのものに対して低薬量で十分な効果が得られた(26)。一方、作物側の薬害の回避や栽培による安定性等の面から除草剤の使用適期が試験されている。水稲乳苗に対する除草剤の適応性を調査した結果、乳苗では稚苗と比較して除草剤による草丈の伸長と分けつの抑制が強く、また、育苗日数が少ない乳苗ほど大きく現れる傾向が認められ、薬剤の処理時期を遅くすることによって薬害の程度を抑える可能性が示唆された(3,4)。ピラゾレートによる水稲の湛水直播栽培における安定化に及ぼす影響が検討され、薬剤の除草効果が芽干しの時期と期間によって大きく変動し、薬剤処理直後からの長期にわたる芽干しは効果を著しく低下させ、この傾向はタイヌビエで顕著であった。そして、この原因として芽干し期間が薬剤のタイヌビエ処理葉齢の範囲を越えてしまうことによると推定された(18)。
実際の処理薬量を低減させる目的から効果の検討が行われた。チマキザサ群落に対して、テトラピオン剤と塩素酸ナトリウムは相乗的な抑制効果を発揮することからテトラピオンの薬量の少量化が試験され、十分な効果が得られた(1)。水田畦畔除草剤のグリホサートと海草ホモジネートやキトサン等の植物生理活性物質を混合して処理することにより、除草効果の発現が早まり抑草期間が延長された(30)。さらに、雑草防除は労働力、経済性の面から今後も除草剤による化学的防除が主流であると考えられているが、雑草の除草剤による合理的防除法として、雑草の発生量発生草種を的確に診断しながら、一剤に偏った除草剤使用を避け有効成分の異なる剤のローテーションを前提とした除草体系のより一層の徹底が提起されている(21)。
(農業環境技術研究所 上路雅子)
文 献
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