U.環境保全型農業技術

2.病害虫・雑草防除

(3) 植物・有機物利用等による病害虫防除技術

2)対抗植物

 畑作・野菜作の連作障害回避策として古くから輪作による対策がとられてきた。連作障害の主因が線虫である場合,輪作体系には非寄主作物や抵抗性品種のほかに対抗植物の導入も考慮されてきている。

 輪作体系に対抗植物を組み入れていくことは,線虫抵抗性品種を有する作物がごく限られていることや,線虫の多くは寄主範囲が広いため非寄主作物の選択が容易でないこと,また,寄主植物が存在しない状態でも線虫は長期間生存できること,近年,くん蒸性殺線虫剤による人畜への影響・環境汚染問題のため減農薬栽培への指向が強くなってきたこと,などの理由により,今後,一層重要性を増してくるものと思われる。

 対抗植物とは「線虫(土壌害虫)に対する有害物質を含有あるいは分泌し,土中または植物組織内外の線虫の発育を阻害するか死に至らしめる働きをし,その栽植,投与が線虫密度の積極的な低減をもたらす植物」と定義されており(21),マリーゴールド(Tagetes spp.)が最もよく知られている。マリーゴルドが最初に注目されたのは戦前のことで,ネコブセンチュウに対する抵抗性に関してであった。本格的研究は,1956年,オランダにおけるマリーゴールド栽植跡のスイセンには根腐れが発生せず生育が良くなるのはキタネグサレセンチュウ(以後,種名のセンチュウは省略。)の密度低下に起因するという報告に始まる。それ以後,多数の試験研究が実施されてきたが,1970年代前半には,神奈川県がダイコンのキタネグサレに対してマリーゴールドを使い,世界で初めて対抗植物による線虫防除の実用化に成功している(3,16)。対抗植物として利用されるマリーゴールドの種類は,フレンチマリーゴールド(T.patula クジャクソウ),アフリカンマリーゴールド(T.erecta マンジュギク),メキシカンマリーゴールド(T.minuta シオザキソウ)で,フレンチマリーゴールドはこれまで試験されたいずれの品種もキタネグサレに対して非常に安定した防除効果を示すが,アフリカンマリーゴールドには品種間差異の存在が明らかにされている。神奈川県三浦地方では冬作の特産大根を加害するキタネグサレに対して,夏に前作としてフレンチマリーゴールドを圃場全面に50cm間隔で3ヵ月栽培することにより,後作大根の品質が高まり,効果は3,4作後まで持続する。また,夏作のスイカの間作(混作)としても利用でき,後作のダイコンの被害がよく抑えられる。

 このような実用技術から植物が有する殺線虫物質に関する基礎的な研究の成果については,本シリーズ No.15に解説されている(20)。ここでは,それ以降の試験研究を取り上げることとする。なお,対抗植物については三重・神奈川・愛知の3県による共同研究が,平成元年から3年間,農水省の地域重要新技術開発促進事業において「拮抗植物を利用した野菜・花きの有害土壌線虫制御技樹の開発」で実施された。この事業における成果も一部ここで紹介するが,平成4年9月に成果報告書が刊行されているので参照されたい。

 最近の研究対象線虫は内部寄生性線虫で特に寄主範囲が広いネグサレセンチュウとネコブセンチュウに限られており,主にキク科(マリーゴールドが主体),マメ科及びイネ科植物の中から対抗植物として有効な種類・品種の探索とその評価がなされ,利用方法についても検討が行われている。

 ア.ネグサレセンチュウ

 キタネグサレに対して,アフリカンマリーゴールド‘アフリカントール’(17,19,27),フレンチマリーゴールド(22),メキシカンマリーゴールド(17),Tagetes hybrid‘オレンジジュビリー’(17)等のマリーゴールドは対抗植物としての効果が顕著で,圃場試験でも後作ダイコンの線虫被害は休閑に比べ著しく軽微であることが認められた(17,19)。フレンチマリーゴールド‘セントール’(7,25)も線虫密度をよく下げ,キク科のルドベキア(Rudbeckia sp.)(19)も休閑に比べ後作ダイコンの被害指数が小さく線虫抑制効果があった。ダイコン畑においてマリーゴールドの間作効果,前作として有効な栽植密度,効果持続期間,直播と移植の効果比較等の検討が行われた(6)。また,Tagetes属が含有する殺線虫物質α-tertienylがフレンチマリーゴールドの培養細胞から抽出され,その活性は2,4-D培養カルスで低く,NAAとIAA培養カルスでは植物根部並みで,毛状根では植物根部よりも高いことが明らかにされた(5)。

 マメ科植物ではサンヘンプ(Crotalaria juncea),C.spectabilis,及びCassia torosaの後作ダイコンは裸地後と同程度の被害を生じ実用的防除効果がなった(22)。サンヘンプの2品種‘コブトリソウ’・‘クロタラリア’,ツノクサネム属の1種(Sesbania rostelata)及びムクナ(Mucuna sp.)は鉢試験で線虫をよく増殖させ(7),圃場試験でもサンヘンプ,C.spectabilisはわずかながらも線虫が増えたので(27)いずれも寄主とみなされる。ハブソウには効果があるという報告もあるが(19),現在のところ,キタネグサレに対しマメ科植物の密度抑制効果はあまり期待できない。

 イネ科植物ではギニアグラス(Panicum maximum)‘ナツカゼ’(17,22),グリーンパニック(17),ガットパニック(17),及びソルガム(Sorghum bicolor)‘スダックス’(22)は後作ダイコンの被害程度が休閑(裸地)と同じで実用的な線虫防除効果が認められない。同様に,ソルガム‘スダックス316’(27)・‘エンダックス’(27),ギニアグラス(19)‘ナツカゼ’(27)は線虫密度を低下させたものの被害防止効果は十分でないという報告がある。ギニアグラスやキビが属するPanicum属は線虫密度をよく減らし対抗植物として有望とする報告もあるが(15),これまで試験されたイネ科植物のキタネグサレ防除効果は休閑程度と見なされていた。ところが,北海道においてダイコンの本種に対してエンバク野生種(Avena sterilis)‘ヘイオーツ’に,マリーゴールドに劣らない線虫防除効果が認められた(30)。すなわち‘ヘイオーツ’を5月中旬から8月中旬に10a当たり15kg播種し,約2ヵ月栽培することによって,線虫密度は播種時の10%程度まで減少し,後作ダイコンの商品化率が休閑後で20〜30%のときに100%であり,その効果は2作目まで持続した(30)。‘ヘイオーツ’はマリーゴールドに比べて機械による播種が容易であり,また初期生育が旺盛であるため雑草の除草が省略できるなど,畑作地帯の線虫防除にとって利点が多いと考えられ(29),実用技術とされている。

 その他にキタネグサレ密度抑制効果の著しい作物としてサツマイモ及びサトイモがマリーゴールドと同程度に評価されているが(27),これらは非寄主作物として扱われるのが一般である。

 クルミネグサレでは,鉢試験において100日間栽培後のC.spectabilis,フレンチマリーゴールド‘セントール’の根から線虫は分離されず,土壌密度は植付時程度で維持されており,サンヘンプ(‘コブトリソウ’・‘クロタラリア’),ツノクサネム属の2種(S.rostelata,S.grandiflora)及びムクナでは線虫は増殖した(7)。イチゴの本線虫に対するアフリカンマリーゴールド‘アフリカントール’は休閑よりも明らかに密度を下げたが,抑制効果が高くなく,これだけでクルミネグサレを防除することは困難と考えられている(18)。このようにクルミネグサレに有効な対抗植物は認められていない。

 ノコギリネグサレでは,アフリカンマリーゴールド‘アフリカントール’,ギニアグラス‘ナツカゼ’,ソルガム‘スダックス306’,カラードギニアグラス‘ソライ’は約4ヵ月栽培の鉢試験で土壌線虫密度を4〜26%に減少させた(25)。

 ミナミネグサレについても対抗植物の探索が行われたが(28),後作サトイモへの影響はまだ検討されていない。

 イ.ネコブセンチュウ

 ネコブセンチュウの対抗植物の探索とその利用法でも,イネ科牧草,マメ科植物,キク科植物等が検討された。対象線虫はサツマイモネコブが主である。

 イネ科牧草のグリーンパニック(28),ギニアグラス‘ナツカゼ’(1,2,28)にサツマイモネコブの密度抑制が認められた。しかし,‘ナツカゼ’栽培後の生物検定結果は,休閑に比べネコブ指数が高かった(1)。アワ,ヒエ,インドビエ,パールミレット,ソルガム,スーダングラス,カラードギニアグラス,ローズグラスは卵のうを形成し,線虫が増殖するか,あるいは密度抑制効果を示さないため対抗植物としての評価は得られていないが(1),‘ナツカゼ’は飼料としての価値を考慮して線虫防除のための作付体系に利用可能と考えられている(2)。

 マメ科植物では,タヌキマメ属の試験が多い。サンヘンプの密度抑制効果に関する評価は分かれる。寄主と見なされるため検討の対象とされない場合(23),ごくわずか卵のうを生じるが休閑あるいは‘ナツカゼ’と同程度の効果があるとされる場合(1,2),また,卵のうを生ぜず(14)効果が高いとされる場合(7,28)など,さまざまである。ところが同属のC.spectabilisは,線虫密度抑制に関して一様に評価が高い(7,8,28)。例えば,畝幅60cm,株間30cmで2ヵ月以上栽培することにより,後作キュウリのサツマイモネコブが抑制され,薬剤処理と同程度の効果が認められた(8)。しかしながら,施設などで線虫密度が非常に高い場合には十分な防除効果が得られていない(10)。その他のマメ科植物ではS.grandiflora(7),サイラトロ(28),エビスグサ(28)に密度抑制効果が認められている。また,最近,他感作用を示すムクナ(トビカズラ属)が線虫密度抑制作用を有するか否かに関心が寄せられており(4),Mucuna sp.やハッショウマメ(M.pruriens)に密度抑制効果のあることが鉢試験で確認された(7,14)。

 キク科植物ではステビア(12,28),フレンチマリーゴールド‘カルメン’(28)・‘セントール’(7),アフリカンマリーゴールド‘キューピットオレンジ’(11)・‘トール’(28),及びTagetes hybrid‘ソォブリン’(28)・‘ダブルイーグル’(28)に密度抑制が認められた。またマリーゴールドの施設における利用法の検討が行われている(11)。それは‘キューピットオレンジ’定植20日後に畝の中央部の列をキュウリと植え換えるという間作の方法であり,線虫密度抑制効果,被害抑制効果,及びそれら効果の持続性において全て薬剤処理並みの結果が得られ,実用技術として普及の可能性が高い(11))。

 ジャワネコブについては抵抗性植物の探索が鉢で試験され,ナンキンマメ属(Arachis)の8種類に強い抵抗性が認められた(13)。

 基礎的研究として,対抗植物のサツマイモネコブ密度抑制機構を解明するため,線虫の侵入・発育と根組織的変化に関する調査がなされた(24)。また,対抗植物検索のために寒天培地を用いた1次スクリーニング法が検討されている(9)。

                       (北海道農業試験場 百田洋二)

                  文  献

1)荒城雅昭ほか.市販飼料作物の線虫密度抑制効果.九病虫研会報.36,129-131 (1990))

2)荒城雅昭ほか.市販飼料作物の圃場条件での線虫密度抑制効果.九病虫研会報.37, 130-132 (1991)

3)近岡一郎.キタネグサレセンチュウの総合防除.関東病虫研報.34, 7-12 (1987)

4)藤井義晴.マメ科植物「ムクナ」とは:利用価値の再評価と新たな可能性について.農及び園.65, 835-840, 945-948 (1990)

5)藤本忠明ほか.マリーゴールドの培養細胞による殺線虫物質の生産.日植病報.55,105 (1989)

6)藤村建彦.キタネグサレセンチュウによるダイコンの被害の特徴と防除法.青森農試研報.31, 43-58 (1990)

7)五味美智男,千本木市夫.有害線虫4種に対する対抗植物の影響.関東病虫研報.36, 209-211 (1989)

8)北上 達ほか.クロタラリア・アペクタビリスによるサツマイモネコブセンチュウ制御技術.関西病虫研報.34, 33-34 (1992)

9)北上 達ほか.寒天培地を使用したサツマイモネコブセンチュウに有効な対抗植物の検索.昆虫学会52回大会・36回応動昆大会合同大会講要,226 (1992)

10)北上 達ほか.Crotalaria spectabilisを対抗植物としたサツマイモネコブセンチュウの防除技術.三重農技セ研報.21, 13-20 (1993)

11)宮田將秀,大沼 康.マリーゴールドの間作によるキュウリのサツマイモネコブセンチュウ防除.北日本病虫研報.44, 175-177 (1993)

12)水越 亨.北海道の施設果菜類に発生したサツマイモネコブセンチュウの防除対策.平成5年度新しい研究成果−北海道地域−,90-96 (1994)

13)中西建夫ほか.ジャワネコブセンチュウ抵抗性植物の検索.日作四国支紀.28, 46-47 (1991)

14)中西建夫ほか.サツマイモネコブセンチュウ抵抗性植物の検索.日作四国支紀.29, 50-51 (1992)

15)中南真理子,赤坂安盛.各種作物栽培によるネグサレセンチュウの密度変動 第2報 各種作物栽培によるキタネグサレセンチュウの密度変動.北日本病虫研報.43, 141-143 (1992)

16)大林延夫.ダイコンを加害するキタネグサレセンチュウの防除に関する研究.神奈川園試研報.39, 1-90 (1989)

17)大林延夫,森 東海雄.ギニアグラス及びマリーゴールドの栽培によるキタネグサレセンチュウの防除効果.関東病虫研報,36, 204-206 (1989)

18)大野和朗ほか.対抗植物マリーゴールドによるクルミネグサレセンチュウの密度抑制効果.九病虫研会報.38, 146-148 (1992)

19)大野 徹,廣田耕作.対抗植物利用によるキタネグサレセンチュウの防除.関西病害虫研報.34, 96 (1992)

20)大島康臣.トラップ植物,対抗植物の利用.農林水産研究文献解題.No.15,38-44 (1989))

21)大島康臣.“対抗植物の利用”.バイオ農薬・生育調節剤開発利用マニュアル.岡田斉夫ほか編.東京,(株)エル・アイ・シー,1987,414-421

22)大石剛裕ほか.各種対抗植物によるサツマイモネコブセンチュウおよびキタネグサレセンチュウ防除効果の実用的評価.日線虫学誌.24, 44 (1994)

23)佐野善一.“対抗植物と抵抗性作物の線虫密度抑制効果”.線虫研究の歩み−日本線虫研究会創立20周年記念誌−.中園和年編.日本線虫研究会,1992,253-257.

24)佐野善一,中園和年.マメ科対抗植物におけるサツマイモネコブセンチュウの侵入・発育と根の組織反応.日線虫研誌.16,48-55 (1986)

25)佐藤真理子ほか.各種作物栽培によるネグサレセンチュウの密度変動 第1報 対抗植物栽培による密度変動.北日本病虫研報.40, 152-154 (1989)

26)谷口達雄.緑肥作物のサツマイモネコブセンチュウに対する密度抑制効果.関西病害虫研報.29, 44 (1987)

27)谷口達雄.キタネグサレセンチュウに対する対抗植物の検索.関西病害虫研報.32, 72 (1990)

28)鳥越博明.黒ボク土壌での線虫対抗植物の検索.九病虫研会報.38, 105-108 (1992)

29)山田英一.対抗植物によるキタネグサレセンチュウの防除.農家の友.43(6), 52-53 (1991)

30)山田英一.対抗植物による線虫防除.北海道有機農技研年報.1991年版,11-18 (1992)