Ⅱ.環境保全型農業技術

2.病害虫・雑草防除

(6)環境保全型雑草防除技術

1)生態的(耕種的)防除

 生態的(耕種的)防除は、各雑草種の特性を調査して生態的弱点を見出し、耕起法、水管理、作付体系等の耕種的手段をうまく活用して、雑草の発生や増殖に不利になるような状況を作って防除しようとする方法であり、1980年代までは盛んに研究が行われてきたが近年の報告はほとんどないのが現状である。

 最も重要なことは適切な栽培管理によって、作物の生育そのものを良好にして雑草との競争力を強化することである。同じ作物の栽培でも、初期生育の旺盛な品種(ハイブリッド品種等)の利用、栽植密度を高める、播種時期を変える、移植する等の方法によって雑草との競合を有利にすることができる。水稲の場合雑草発生本数は、直播>早期移植>普通期移植の順に減少する(7)。

 耕うん・耕起法もまた雑草防除の重要な手段である。このうち、主に除草を目的とした中耕(intertillage)は機械的防除の範躊に入るもので〔2-(6)-2)参照〕ここでは取り上げないが、栽培管理の一環としての砕土・整地を目的とした耕起(tillage)は生態的(耕種的)防除手段として広く利用されてきた。すなわち、反転(ブラウ)耕では土壌表面に落下した種子を中・下層に分布させるために土層全体に分布させる撹絆(ロータリー)耕に比べて水田・畑地共に雑草の発生が少なくなる(14,23)。特に塊茎で増殖する水田多年生雑草の中で、低酸素条件で萌芽が阻害されるため湛水条件では5㎝深の埋土でもほとんど出芽できないミズガヤツリ(25)や湛水条件下での出芽限界深度が10㎝、遅滞なく出芽するのが3~5㎝以内とされているウリカワ(4,10)等の草種では高い効果が期待される。また、水田雑草の塊茎は低温・乾燥に弱いため、秋・冬季の耕起が有効な防除法となっている。草薙(10)は、ウリカワ、クログワイ、ミズガヤツリの塊茎は含水率40%前後で萌芽力を失い、30%になると完全に死滅すること、ミズガヤツリ、クログワイの凍死温度は-5~-7℃であることを明らかにしている。しかし、最近の傾向としてこのように有効な手段を雑草防除に活用することに逆行して、省力をねらいとした不耕起栽培が試みられ、新たな雑草防除上の問題が浮上している(9,15,16,18,24)。

 水管理により雑草の発生を抑制することが可能である。ノビエ、タマガヤツリ、アゼナ等の湿生雑草の発生・生育は初期に深水灌漑をすることによって著しく減少する。しかし、コナギやキカシグサでは減少程度が小さく、ミゾハコベのように増加する草種もあるという(1)。深水管理による雑草防除法はアメリカの水稲作や除草剤の普及が遅れている東南アジア等の開発途上国では広く利用されているが、深水は同時に水稲の茎数増加をも抑制するためわが国で利用するには大きな制約がある。近年スルホニルウレア剤を主体とした水田一発処理剤の普及に伴い、シメトリン・MCPBを含む中期剤(いわゆるSM剤)があまり使用されなくなったことからクサネム、アメリカセンダングサ、タウコギ等特殊な雑草害をもたらす草種が増加しているが(4,5)、その防除対策として5㎝以上の深水栽培が有効である(8)。

 田畑輪換は水田において数年を単位として水田状態と畑状態を交互に繰り返して行う土地利用方式のことで、これまで多くの研究の蓄積があり、その技術的効果として土壌の理化学性の改善、土壌伝染性病害虫の制御、雑草の制御等が明らかにされてきた(22)。田畑輪換に伴う雑草群落の変化は野口(21)が総説で詳しく述べているように、水田から畑地に輪換した場合には水田雑草から畑雑草へ遷移し、畑地から水田に輪換した場合には畑雑草が急激に減少して水田雑草が優先する。この転換直後の草種の交代の結果として輪換畑、輪換田のいずれでも雑草の発生は減少することとなる。さらに輪換に伴う土壌水分の変化が種子や多年生雑草の栄養繁殖器官の寿命に影響を及ぼし、雑草の発生密度を低下させる。このように田畑輪換は耕種的防除技術として極めて効果の高い技術であるといえよう。

 ポリエチレンフィルム等を用いたマルチによる雑草防除(7)は物理的(機械的)防除の範躊に入るものであるが、マルチの材料が稲藁等の植物体を使用している場合には耕種的防除ともみなされ、これまで農家によって多くの植物がその材料として利用されてきた。特に注目されるのは、生理活性物質を含む植物体を経験的に選びだして積極的に利用してきた伝統的な雑草防除技術である(6)。

 被覆種物(カバークロップ)の利用も耕種的防除の重要な手段である。マメ科植物の休閑期の栽培や樹園地での草生は根粒菌による窒素固定や土壌改良的効果が期待されるが、被覆による雑草の抑圧も大きな利点で、果樹園におけるシロクローバ(2,3)や不耕起水田でのレンゲマルチ(11-13)の効果等が調査された。さらに人工草地におけるペレニアルライグラスの高密度播種がエゾノギシギシの防除に有効であり(19)、ジャイアントスターグラスの牧草としての導入がオガサワラスズメノヒエ群落の抑制に有効であることが明らかとなった(20)。

 アレロパシー等植物に含まれる生理活性物質を輪作、緑肥、鋤込み、マルチ、堆肥材料等としてうまく活用した農家の伝統技術が調査され、それらの有効性が確かめられた(6)。

                       (農業環境技術研究所 原田二郎)

   文  献

1)荒井正雄、宮原益次.水稲の本田初期深水溝凝による雑草防除の研究.日作紀.24,163-165(1956)

2)浅井元朗ほか.クローバ草生による果樹園の雑草管理について:園内の環境条件がクローバの定着に及ぼす影響.雑草研究.35(別1)、163-164(1990)

3)浅井元朗ほか.シロクローバ草生柑橘園における多年生雑草の消長.雑草研究.37(別1)、152-153(1992)

4)原田一郎、住吉正.東北地域における水田多年生雑草の防除をめぐる諸問題.日作東北支部報.33,4-7(1990)

5)原田一郎.寒冷地における水田除草のあり方:SM剤を見直そう.農薬ガイド.65,9-12(1992)

6)Harada,J. Utilization of weeds for weed control. Farming Japan, 28(3),10-16(1994)

7)伊藤操子.“5.耕種的雑草防除”.雑草学総論.東京、養賢堂、1993,259-261

8)鍵谷俊樹.アメリカセンダングサ(Bidens frondosa L.)の生理生態と防除.植調.26,23-27(1992)

9)北野順一.三重県における小麦跡大豆不耕起播種栽培の雑草防除技術.植調.25,101-106(1991)

10)草薙得一.水田多年生雑草の繁殖特性の解明と防除に関する研究.雑草研究.29,255-267(1984)

11)嶺田拓也ほか.水田の雑草群落に及ぼす不耕起及びレンゲ栽培の影響に関する研究.雑草研究.37(別1),100-101(1992)

12)嶺田拓也ほか.不耕起レンゲマルチ稲作3年間の雑早群落の発生消長.雑草研究.38(別1),178-179(1993)

13)嶺田拓也ほか.不耕起レンゲマルチ水田に発生する雑草種がイネの生育に及ぼす影響.雑早研究.38(別1),180-181(1993)

14)宮原益次.水田雑草群落の耕種操作による変化.雑草研究.7,22-28(1968)

15)中谷敬子、野口勝可.転換畑の麦-大豆不耕起栽培における雑草の発生動態と防除.雑草研究.36(別1),168-169(1991)

16)中谷敬子、野口勝可.転換畑の大豆不耕起栽培における栽植様式の差異が雑草の抑制効果に及ぼす影響.雑草研究.36(別1),170-171(1991)

17)中山兼徳.フィルムマルチ栽培の概況.農業技術.48,261-265(1993)

18)中山壮一ほか.暖地輪換田における大豆不耕起播栽培の雑草発生相と防除法.雑草研究.35(別1),157-158(1990)

19)梨木守ほか.エゾノギシギシの定着に及ぼすペレニアルライグラスの播種密度の影響.雑草研究.38,205-213(1993)

20)根本正之ほか.沖縄県の人工草地におけるオガサワラスズメノヒエ(Paspalum conjugatum Berg.)の生態的特性.雑草研究.37,159-166(1992)

21)野口勝可.栽培技術の変遷に伴う雑草群落の変化:田畑輪換.雑草研究.37,1-7(1992)

22)大久保隆弘.地力と田畑輪換・作付体系.農業および園芸.64,133-140(1989)

23)高林實、中山兼徳.耕起法の違いが畑雑草の土中種子の分布と発生に及ぼす影響.雑草研究.25,269-272(1980)

24)富久保男.水稲不耕起栽培の試みと雑草防除.植調.27,52-57(1993)

25)山岸淳.ミズガヤツリ:その生態と防除法について.雑草研究.28,243-259(1983)