U.環境保全型農業技術

2.病害虫・雑草防除

(6)環境保全型雑草防除技術

3)生物的防除

(a)雑草の生物的防除の総論

 除草剤による化学的防除への過度の依存から脱却して,多面的な除草手段を合理的に組み合わせた総合的雑草管理に移行するうえで,生物防除はその主要な柱として期待されている。しかし,わが国では欧米諸国に比べてこの分野での試験研究,実用化ともに遅れた状態にある。このため,欧米諸国での雑草の生物防除,特に微生物除草剤の開発と利用の現状29)に基づいて,わが国での現状とその問題点が多面的に論じられている(3,21,27,30)。

 貝類,甲殻類,魚類,鳥類などの小動物を雑草防除に応用する場合には,通常現場技術としてそのまま普及しても問題にはならない。しかし,微生物や昆虫の利用は農薬取締法に規定される「農薬」としての評価・登録を要する(12)ため,実用化までに多くの時間と経費が必要である。また,除草目的での実例は少ないものの、生物防除のために導入した天敵による生態系への影響に注意を払う必要性が指摘されている(8)。

 「農林水産文献解題15」での取りまとめ(20)以降の主要な研究成果は以下の様である。

(b)鳥類,魚類の利用

 水田にアイガモ(合鴨)の幼鳥を放飼して雑草や害虫を食べさせることが無農薬の水稲栽培法として行われている(4)。この農法の経営・技術的な解析の結果,除草効果は高いが野犬などからの鳥の保護や飼育にコストを要する他,殺菌剤による病害防除が制限されるなど,必ずしも省力的な技術とは言えない(31)。しかし,高付加価値米生産の一環として各地で取り組まれている(28)。

 魚類の利用では,水田で鯉等を飼養して雑草も摂食させることが試みられているが,技術的な報告は少ない。

軟体動物,甲殻類の利用: スクミリンゴガイはジャンボタニシの別名で呼ばれ,南アメリカから食用に導入されたが,西日本を中心に広く野性化して湛水直播をはじめ水稲の栽培に被害を与えている。一方,殻高 3cmの個体は1日に生重で約3gの雑草を旺盛に摂食することから,生育の進んだ苗の移植や浅水管理などの条件でスクミリンゴガイを雑草防除に利用できる(16)。u当たり3〜7匹の貝が分布する水田で,水管理と水稲苗の大きさを変えた場合のスクミリンゴガイの除草効果が実証されている(17)。この貝の効果的な制御法が未確立なため,既に貝が侵入している水田に限定すべきで,雑草防除の目的でスクミリンゴガイを新たに導入することは厳に避けるべきである。カブトエビは脚で土壌表面を撹拌して雑草の幼苗を浮上させる効果を持っているが,これによる水田雑草の防除も引き続き試みられている(25)。

(c)昆虫類の利用

 イツトガ(Calamotropha shichito Marumo)の幼虫が水田雑草ミズガヤツリに食入してその生育を強く抑制することから,生物防除の素材としての可能性が調べられている(18)。カヤツリグサ属の雑草でもイツトガの食入の程度に種間差があり,誘引物質として同属植物に特有なセスキテルペン類が抽出されている(1)。ホソメイガ(Emmalocera sp.)は水田の主要雑草であるタイヌビエやイヌビエの葉鞘や茎に特異的に食入し,タイヌビエに大きな被害を与えることが認められ,北日本におけるホソメイガの生態の解明を基礎に生物防除の素材としての可能性が検討されている(6,7)。また,西日本でもタイヌビエを食害するメイガの1種が見いだされ,その特性が調べられている(13,14,15)。

(d)微生物の利用

 特定の雑草に寄生する糸状菌を探索して微生物除草剤に活用するための研究が進められている。

 水田の多年生雑草クログワイの茎葉に寄生する病原菌の中で、Hyphomycetes綱に属する不完全菌が特に顕著に斑紋を形成し,枯死に至らしめることが見いだされ,病原体の多量形成法,宿主範囲,クログワイへの接種条件と除草効果などが調べられた(24)。この菌は新属新種の糸状菌Epicoccosorus nematosporus と同定され,生物的防除剤としての利用法が検討されている(23)。同様に,クログワイの茎の病斑から糸状菌Nimbya scirpicolaが分離され(2),クログワイの発生初期に接種すると除草効果を示し,非接種個体にも二次伝搬で発病して接種後6〜8週間で効果を示した(9)。E. nematosporus, Dendrophiella sp., N. scirpicolaのクログワイ地上部と塊茎形成への抑制効果を比較すると,Dendrophiella sp.が最も弱かった(19)。N. scirpicolaは自然発生したクログワイにも罹病性を示したが,実用的な除草効果を得るためには散布時期や気象条件の影響を解明する必要がある(22)。これらの糸状菌を用いた生物防除が試みられている(26)。

 最も普遍的な雑草であるノビエに寄生して枯殺する糸状菌の1種(Drechslera monoceras)が見いだされ,イネには無害であることが認められた5)。本菌を対象に,微生物除草剤としての開発が進められている。この他にも,菌の同定はなされていないが,タイヌビエに特有な病害が見いだされ(13,14,15),生物的防除の素材としての特性が調べられている。

 微生物除草剤の素材としては糸状菌の他に放線菌や細菌も検討の対象になっている。芝生の難防除雑草であるスズメノカタビラに強い病原性を持ち,同属の芝草であるケンタッキーブルーグラスなどには感染しないXanthomonas 属の細菌の一種(P-482)が見いだされた(10)。この細菌は芝生の刈り込みなどで二次的にも伝搬することが認められ,微生物除草剤としての可能性が検討されている(11)。

 わが国においても微生物除草剤の実用化の段階を迎えているが,それは単独で化学除草剤の代替の役割を果たすものではない。当面は,化学除草剤との併用や混用での使用を通して化学除草剤の低減への寄与が期待される。また,微生物除草剤は,同一の化学除草剤の連続使用で問題になる,雑草の薬剤抵抗性変異の増加を避ける役割も期待されている。なお,「微生物は化学物質より安全」とする考えが一部にあるが,環境保全の観点からもその根拠はないので,微生物除草剤の実用化に当たっては化学除草剤の場合と同様に十分な安全性評価を行う必要がある。

                       (農業研究センター 森田弘彦)

文  献

1)榎本加代子ほか.イツトガにより食入されるカヤツリグサ属植物とその誘引物質.雑草研究38(別T),150-151(1993)

2)Harada,Y. et al. Nimbya scirpicola causing orange stem spot on Eleocharis kuroguwai. Ann. Phytopath. Soc. Japan 58,766-768(1992)

3)藤森 嶺.微生物源農薬による雑草の防除.農業技術48(1),18-21(1993)

4)古野隆雄.合鴨ばんざい−アイガモ水稲同時作の実際−.東京,農文協,150p(1992)

5)Gohbara,M. and K.Yamaguchi. Biological Agents for the Control of Paddy Weeds in Japan. F.F.T.C. Extension Bulletin 369, 1-11(1993)

6)後藤三千代ほか.雑草ヒエに寄生するホソメイガ Emmalocera sp.の生態学的研究 Z.野外における越冬幼虫の休眠覚醒と制御要因.応動昆35(4),291-296(1991)

7)Goto,M. The relationship between Emmalocera sp. and barnyard grass and its potential as a biological control. Proceedings of International Symposium on Biological Control and Integrated Management of Paddy and Aquatic Weeds in Asia. NARC and FFTC, 229-247(1992)

8)広瀬義躬.天敵導入の生態系へのリスク.農業技術49(4),145-149

9)今泉誠子ほか.Nimbya scirpicolaによるクログワイ防除の可能性について.雑草研究37(別T),186-187(1992)

10)今泉誠子ほか.微生物除草剤によるスズメノカタビラの防除 第1報)Xanthomonasの一細菌によるスズメノカタビラに対する殺草効果.雑草研究39(別),40-41(1994)

11)今泉誠子,西野友規.微生物除草剤によるスズメノカタビラの防除 第2報)Xanthomonasの一細菌の二次伝搬による残効.雑草研究39(別T),42-43(1994)

12)三菱化成安全科学研究所編. 微生物農薬の現状と安全性評価.東京,科学工業日報社,1993, 727P

13)西 克久,部田英雄.タイヌビエの病害および虫害について.雑草研究37(別T),202-203(1992)

14)西 克久.虫害によるタイヌビエ集団の全枯現象について.雑草研究38(別T),190-191(1993)

15)西 克久.タイヌビエの病害と虫害の比較(1993-低温年の例).雑草研究39 (別T),56-57(1994)

16)大隈光善ほか.スクミリンゴガイの水田雑草食性と水稲苗の食害防止.雑草研究39(2),109-113(1994)

17)大隈光善ほか.スクミリンゴガイによる水田雑草防除.雑草研究39(2),114-119(1994)

18)坂本真一.暖地水稲早期栽培における水田雑草の生態と防除に関する研究.宮崎総農試研報24,1-63(1989)

19)澤路聖之ほか.数種植物病原菌のクログワイに対する防除効果.雑草研究 39(別T),246-247(1994)

20)芝山秀次郎. 雑草防除技術 (1) イネ.農林水産文献解題15(自然と調和した農業技術編),269-272(1989)

21)芝山秀次郎. 水田雑草の生物的防除−現状と展望−.雑草とその防除29,12-15(1992)

22)芝山秀次郎ほか.病原微生物Nimbya scirpicolaが自然発生したクログワイに及ぼす防除効果についての一観察.雑草研究37(別T),188-189(1992)

23)鈴木穂積.病原菌を利用しての水田雑草クログワイの生物防除の試み[1],[2],[3].農園63(6-8),741-744,877-879,969-974(1988)

24)鈴木穂積.水田雑草クログワイの病原菌による防除. 北陸農試研報33,83-105(1991)

25)Takahashi,F. The tadpole shrimps (Triops spp.) for biological control agents of paddy weeds in Japan. Proceedings of International Symposium on Biological Control and Integrated Management of Paddy and Aquatic Weeds in Asia. NARC and FFTC, 259-272(1992)

26)Tanaka,H. et al.. An attempt for development of biolherbicide for Eleocharis kuroguwai. Proceedings of International Symposium on Biological Control and Integrated Management of Paddy and Aquatic Weeds in Asia. NARC and FFTC, 381-391(1992)

27)山田昌雄.植物病原微生物による雑草の防除.農業技術47(11),481-487(1992)

28)山室 実.合鴨水稲同時作,1年目の速報.日作九支報56,96(1992)

29)行本峰子.アメリカにおける病原微生物による雑草防除研究の現状.植物防疫 42(4),201-204(1988)

30)行本峰子ほか.微生物による雑草の制御.農業有用微生物−その利用と展望−.梅谷献二,加藤 肇編.つくば,農研センター,367-461(1990)

31)横山利幸ほか.合鴨を利用した水稲栽培の技術的・経営的評価.九州農業研究56,159(1994)