U.環境保全型農業技術

2.病害虫・雑草防除

(6)環境保全型雑草防除技術

4)植物機能利用技術

 近年、環境保全型の雑草防除に関して、植物の持つ機能の積極的な利用が注目されている。植物の様々な機能を雑草防除に利用する際、それらは物理的機能、生物的機能、化学的機能に分けて考えることができる。物理的機能を雑草防除に利用する技術は生態的(耕種的)防除として実用化されており、植物残さによるマルチは古くから行われている。除草必要期間を短縮する狭畦栽培は植物の物理的な遮光力を積極的に利用した有効な方法である(38)。生物的機能は植物による水分や養分吸収能あるいは繁殖力に代表される機能であり、雑草防除に利用する技術としては、被覆作物の導入や果樹園の草生栽培などがある。化学的機能の利用は植物中に存在する化学物質を雑草抑制に利用しようとする試みである。これらの機能は独立したものではなく、たとえば遮光下で生育した植物は化学物質の影響を受けやすいこと(37)、植物残さのマルチや被覆作物による雑草抑制は、物理的な遮光や養分吸収などの競合による効果の他に、植物種によっては化学物質の関与も考えられること(12,17)などが明らかにされている。雑草防除のための植物機能利用技術としては、各種の機能の複合的利用が重要と考えられるが、ここでは、最近注目されている化学的機能の利用を中心に述べる。

ア.植物の化学的機能

 植物が放出する化学物質は他の生物に何らかの作用をしていると考えられており、その作用をアレロパシーという(9,46)。日本でも約25年前にアレロパシーの概念が紹介され(40)、植生遷移に化学物質が関与していることが示唆された(21,27-29,41)。農業分野におけるアレロパシーの重要性も指摘され(35)、連作障害(18,19,42,49,50)や雑草害(22,31)に関わる化学物質の研究がなされている、一方、植物に含まれる生理活性天然物質の探索が多くの化学者によってなされ、植物の各器官から植物に対して生理活性を持つ化学物質が単離されている(33,48)。また、生物間相互作用の情報伝達として化学物質が重要な役割を果たしているという観点からも研究が進められている(30,34)。しかし、このような植物の持つ化学物質を雑草制御に結びつけようとする研究が始まったのは最近のことであり、まだ実用化技術として確立していない。

イ.制圧作物と混作・輪作

 作物の中には雑草を抑制する機能を持つものがあるといわれ、制圧作物と呼ばれている(45)。制圧作物としてはオオムギ、ライムギ、ソルガム、ソバ、スーダングラス、スイートクローバなどがあり、制圧の機構は主に葉の旺盛な被覆力による物理的な遮光、養分や水の競合によると考えられているが、その他に化学物質の関与が示唆されている。Overlandは、オオムギについて研究し、オオムギの根の浸出液は、ハコベに対して阻害が最も強く、ナズナやタバコに対しではそれほど強くなく、コムギには全く影響を与えないことを報告している。さらに阻害物質はアルカロイドのグラミンらしいとしている(45)。保泉らも麦類抽出液に植物生育阻害活性を認めている(20)。

 この様な作物を混作したり、輪作したりすると雑草が抑制されると考えられ、アメリカでは、実際にライムギやアカクローバを輪作に組み込んで雑草抑制に効果を上げている農場がある(36)。ライムギの残さが分解する過程で、フェノール性酸が生産されること(4)やアカクローバには、インフラボノイドが含まれており(51,52)、これが分解してフェノール性酸が生産されること(5)が明らかになっているが、圃場における雑草抑制にこれらの物質がどのように関与しているのかは解明されていない。

 耐雑草性を付加した品種を育成しようとする試みもあり、エンバクでは登録種3000から植物生育阻害物質、スコポレチンの含量の高い品種の選抜が行われ(6)、キュウリでは登録種538から雑草との競争に強い品種の選抜が行われている(32)が、実用化にいたっていない。最近、イネについても研究が始められ、藤井らはイネが他の植物の生育におよぼす影響を実験室レベルで研究し、品種間差のあることを認めている(11)が、圃場条件下では効果は不安定であり(13)、草型との関係や土壌中での化学物質の移動や安定性などの研究がさらに必要である。

ウ.マルチ、被覆作物

 作物や雑草残さを利用したマルチや被覆作物による雑草防除は、経験的に行われてきたが、遮光効果に加えて植物や植物残さから放出される化学物質に雑草抑制効果があると考えられる。

 原田らは、日本および東南アジアにおいて伝統的に、チガヤ、オオハナウド、クズなどがマルチとして雑草防除に利用されてきたこと(17)、これらの植物中には植物生育阻害物質が含まれていることを明らかにした(15-17)。

 緑肥・飼料・被覆作物として知られるヘアリーベッチは冬に作付けして初夏に枯れるが、そのまま放置しておくと夏雑草の発生が見られないことが報告されている(12)。ヘアリーベッチの雑草抑制は、遮光の効果が大きいとされている(53)が、根から植物の生育を抑制する化学物質が放出されている可能性もある(12)。圃場でのヘアリーベッチの効果についてはやや不安定なところもあり(47)、さらに研究が必要である。

 マルチムギという名前で種苗会社から販売されているコムギを被覆作物として利用する方法もある。このコムギは、春に播くが、出穂せず、草丈20-25pで7-8月に自然に枯れるので、ウリ科の作物の畝間、果樹園の草生栽培などに利用できる。雑草抑制効果の主な原因は、土壌表面の被覆と考えられるが、コムギの残さからフェノール性酸が検出されていること(14)、麦わらに増殖する微生物が生産するパツリンに植物生育阻害活性が認められていること(39)などから化学物質の効果も推定される。さらに効果の検証や原因の解明についての研究が望まれる。

 この他、畦の雑草管理にシロツメクサを導入しようとする試み(26)や被覆植物として利用可能な雑草の選抜も行われている(44)。果樹園の下草に雑草が繁茂すると、雑草種によっては害をもたらす(23,24)ことから、草生栽培としてシロツメクサを導入し、雑草を防除しようとする研究も行われている(1-3)。

エ.植物由来化学物質の利用

 天然物化学の分野では、植物の各器官から、植物に対して生理活性を持つ化学物質を単離、同定する研究が行われている。

 Fujiiらは、Mucuna pruriensに含まれる1-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニンが植物に対して生育阻害活性を示すことを明らかにした(10)。

 Ohigashiらは、西アフリカの熱帯雨林の中で、他種の植物の侵入を許していないように見える植物、Baillonella toxispermaを発見し、この樹から植物生育阻害活性を持つ3-ヒドロキシウリジンを単離同定した(43)。さらに、物質の構造と活性の関係について種々の関連物質を誘導して研究し、3-ヒドロキシウラシルも植物生育阻害活性を持つことを明らかにしている。なお、3-ヒドロキシウリジンは土壌中からは検出されず、土壌中では、微生物的あるいは化学的作用で3-ヒドロキシウラシルに変化するのではないかと推定している。

 小清水らのグループは、熱帯の植物に着目し、植物に生理活性を持つ化学物質の探索を行った結果、タイで鎮痛用民間薬用植物として知られている、Murraya paniculataから強い植物生育阻害物質を単離、同定している(25)。

 この様に植物に生理活性を示す化学物質が発見されれば、その物質を雑草抑制に利用することも考えられる。しかし、天然の化学物質であってもその安全性、作用性や土壌中での動態などについては十分な検討が必要である。

 以上のように、雑草制御における植物の化学的機能の利用に関しては、アレロパシー能力を持つ植物を混作や輪作に組み込んだり、マルチや被覆作物として利用する方法、植物から抽出した生理活性物質を利用する方法などが検討されている(7,8)が、化学的機能だけで雑草制御しようとするのではなく、他の機能との複合的利用が必要であると考えられる。

                     (農業研究センター 澁谷知子)

   文  献

1)浅井元朗ほか.クローバ草生による果樹園の雑早管理について.雑草研究.35,suppl,1,163-164(1990)

2)浅井元朗ほか.クローバ草生被覆管理の群落生態学的研究:1.導入条件及び初期の刈取と群落構成.雑草研究.39,suppl,1,60-61(1994)

3)浅井元朗ほか.クローバ草生被覆管理の群落生態学的研究:2.定着後の刈取等とクローバ群落の維持.雑草研究39,suppl,1,62-63(1994)

4)Barens,J.P. et al. Isolation and characterization of allelochemocals in rye herbage. Phytochemistry. 26,1385-1390(1987)

5)Chang,C.F. et al. Chemical studies on "clover sickness": Part II. Biological functions of isoflavonoids and their related compounds. Agric.Biol.Chem. 33,398-408(1969)

6)Fay,P.K. and Duke,W.B. An Assessment of allelopathic potential in Avena germplasm. Weed Sci. 25,224-228(1977)

7)藤井義晴.他感物質の利用による生物的防除技術の将来.土肥誌.60,240-245(1989)

8)藤井義晴.他感物質利用による雑草防除.農業及園芸.64,177-182(1989)

9)藤井義晴.植物のアレロパシー.化学と生物.28,471-478(1990)

10)Fujii,Y. et al. 1-3,4-Dihydroxyphenylalanine as an allelochemical candidate from Mucuna pruriens (L.) DC.var. Utilis. Agric.Bioj.Chem. 55,617-618(1991)

11)藤井義晴ほか.イネのアレロパシー.雑草研究.37, suppl.1,158-159(1992)

12)藤井義晴ほか.秋播緑肥作物による雑草の抑制とPlant Box法の検定結果との関係.雑早研究.39,suppl.1,258-259(1994)

13)福島裕助ほか.水稲品種のアレロパシーによる雑草防除の試み.雑草研究.39,suppl.1,98-99(1994)

14)Guenzi,W.D. and MaCalla,T.M. Phenolic acids in oats, wheat, sorghum, and corn residues and their phytotoxicity. Agronomy J. 58,303-304(1966)

15)原田二郎、住吉正.植物を材料としたマルチの雑草発生抑制効果.雑早研究.36,suppl.1,148-149(1991)

16)原田二郎、矢野雅彦.タデ科雑草に含まれる植物生長抑制物質.植調.24,89-95(1990)

17)原田二郎ほか.雑草防除における植物の伝統的な利用例.雑草研究.35,suppl.1,81-82(1990)

18)林武、滝嶋康夫.作物の忌地性に関する研究:第1報.連作、残根並びに水耕廃液の生育阻害作用.農業及園芸.34,83-84(1959)

19)平野暁.“第6章化学物質を通じての作物の相互作用”.作物の連作障害.東京、農山漁村文化協会、1977,134-172

20)保泉美昭ほか.麦類体内抽出液が稲の生育に及ぼす影響.農事試験場所報.20,87-102(1974)

21)Ichihara,K. et al. A new polyacetylene from Solidago altissima L. Agric.Biol.Chem. 40,353-358(1976)

22)伊藤操子.“V.雑草害”.雑草学総論.東京,養賢堂、1993,126-177

23)伊藤操子ほか.雑草草生がリンゴ樹の根群の発達と分布に及ぼす影響.雑草研究.26,24-29(1981)

24)伊藤操子ほか.敷草雑草からの溶脱成分の生物活性.雑草研究.26,221-227(1981)

25)ジワジンダー スラワディー ほか.タイ産植物、Murraya paniculataの植物生長阻害物質.農化誌.64,626(1990)

26)川崎哲郎ほか.シロツメクサ繁茂地の環境:シロツメクサを利用した農地斜面の雑草管理(1).雑草研究.39,suppl.1,260-261(1994)

27)河律一儀ほか.セイタカアワダチソウ根中の植物生長抑制物質.日本農芸化学会昭和44年度大会講演要旨集、130(1969)

28)小林林彰夫.キク科雑草とポリアセチレン化合物:化学生態学から見た他感作用物質.化学と生物.14,643-645(1974)

29)小林彰夫ほか.キク科雑草植物中の他感作用物質.植物の化学調節.9,95-100(1974)

30)小清水弘一.植物植物間相互作用とアレロパシー物質.化学と工業.43,1682-1684(1990)

31)Li,H. et al. Allelopathy of Barnyardgrass(Echinochola crosgalli L.Beauv.var.crus-galli).雑草研究.37,146-152(1992)

32)Lockerman,R.H. and Putnum,A.R. Evaluation of allelopathic cucumbers (cucumis sativus) as an aid to weed control. Weed Sci. 27,54-57(1979)

33)水谷純也.アレロパシー物質に関する最近の研究.植調.23,433-441(1989)

34)水谷純也.プラント・エコケミカルズ.農薬誌.16,679-686(1991)

35)中山包.農業上アレロパシイの重要性.農業及園芸.47,1251-1256(1972)

36)National reseach council.“ケース・スタディー”.代替農業.久馬一剛ほか監訳.東京農山漁村文化協会、1992,344-438

37)Nemoto,M. et al. Allelopathic potential of broom (Sarothamnus scoparius) dominating post-fire stands in southwest Japan. Proceedings of 14th Asian-Pacific Weed Conference. Australia, 333-338(1993)

38)野口勝可ほか.大豆の狭畦栽培による雑草抑圧効果.雑草研究.38,suppl.1,156-157(1993)

39)Norstadt,F.A. and MacCalla,T.M. Phytotoxic substace from aspecies of Penicillium. Science. 140,410-411(1963)

40)沼田真.高等植物の化学的相互作用:アレロパシー.生物科学.20,97-101(1968)

41)沼田真.植物群落と他感作用.化学と生物.15,412-418(1977)

42)Ohigashi,H. et a. Flavanols, as plant growth inhibitors from roots of peach, Prunus persica Batsh.cv.'Hakuto'. Agric.Biol.Chem. 46,2555-2561(1982)

43)Ohigashi,H. et al. 3-Hydroxyuridine, an allelopathic factor of African tree, Baillonella toxisperma.Phytochemistry. 28, 1365-1368(1989)

44)沖陽子ほか.被覆植物として活用可能な雑草の選抜.雑草研究.39,suppl.1,188-189(1994)

45)Overland,L. The role of allelopathic substances in the "smother crop" barley. Amer.J.Bot. 53,423-432(1966)

46)Rice,E.L.“2.人為的生態系:農業におけるアレロパシーの意義”.アレロパシー.八巻敏雄ほか訳.東京、学会出版センター、1991,11-77

47)佐藤健次ほか.冬季放牧後に播種したベッチ類の定着と雑草量との関係.雑草研究.39,suppl.1,182-183(1994)

48)高橋信孝ほか.“T-3.植物起源の活性物質”生理活性天然物化学.第2版.東京、東京大学出版会.1981,77-91(1981)

49)瀧嶋康夫、林武.作物の忌地性に関する研究:第2報.根分泌の実体と作物水養液の生育阻害作用.農業及園芸.34,1417-1418(1959)

50)瀧嶋康夫、林武.作物の忌地性に関する研究:第3報.水耕廃液中の生育阻害成分の分別.農業及園芸.34,1573-1574(1959)

51)Tamura,S. et al.Isolation and structure of a novel isoflavone derivative in red clover. Agric.Biol.Chem. 31,1108-1109(1967)

52)Tamura,S. et al. Chemical studies on "c1over sickness": PartI.Isolation and structural elucidation of two new isoflavonoids in red clover. Agric.Biol.Chem. 33,391-397(1969)