3.物質循環
(2)家畜ふん尿の地域流通促進技術とふん尿還元容量増大技術
2)還元容量増大技術
農林水産省が作成した2000年に向けた「農産物と生産の長期見通し」では,1987年に比べて,飼料作物栽培面積を 1.3倍,生産量を 1.6倍,飼料自給率を37%に向上させることを公表している。しかし,現状では家畜頭羽数の増大に伴い飼料の輸入量が増加し,飼料自給率(TDN換算)が1991年の時点で25%に低下するとともに家畜ふん尿量はますます増大する傾向にあり,今では年間の家畜排泄量は8000~9000万 tと言われる程,膨大な量に達している。
家畜ふん尿の大部分は発酵,乾燥等の処理が実施されているものの野積み状態で放置されたり過剰施用等により一部に環境問題も発生する状況になっている。これを農業生態系における物質(窒素)循環から眺めると耕地→自給飼料→畜産業→耕地の循環はリサイクルしておらず,輸入飼料→畜産業→環境の流れが大きくなっている(4)。
このように環境負荷の大きい家畜ふん尿を今まで以上に有効に利用するためには,土壌-作物の養分循環機能を最大限に活用して家畜ふん尿の農地還元容量を増大させる(9)必要がある。
ここでは,還元容量とは持続的栽培に必要な量で,同時に,土壌を始めとする自然環境に悪影響を与えることなく,圃場に投入できるふん尿の施用量を指すことにする。
ア.飼料作物の単収向上による還元容量の増大
飼料作物の収量水準が大幅に上昇すれば作物が必要とする養分量も増加するので耕地に還元できるふん尿も増加し,自給飼料の増産と環境負荷の軽減が図れることになる。増収によるふん尿還元容量増大技術は増産が求められているにもかかわらず現実には自給率が低下している飼料作物でこそ必要な技術である。
まず,品種改良の面では,多収性のソルガム新品種「テンタカ」が長野県畜試で育成された(1)。「テンタカ」の平均乾物収量は,現在,最も多収な「FS902」と対比して 107%を示し,東北地方以北を除く地域に適した品種である。暖地型牧草は寒地型牧草に比較して,乾物生産性に優れ窒素の要求量も大きく根域も広い特徴を持ち,窒素の溶脱量を低減できると予想される。したがって,暖地型牧草の利用はふん尿を多用した飼料畑からの窒素の溶脱を抑制するとともにふん尿施用水準値をより高い値に設定できる可能性がある(7)。また,暖地型牧草20種についてふん尿施用の反応特性を調査した結果では,オオクサキビがふん尿施用量の増加により多収しやすい草種であることが明らかになった(10) 。
各地域においてソルガム-ライコムギ作付体系の収量性が検討された。関東では,ソルガム(長稈・晩生タイプ)は 6月上旬播種-10月上旬収穫で 2.0~2.4t/ 10a ,ライコムギは10月中下旬播種- 5月収穫で 1.0~1.3tが得られ,年間では 3.0~3.7tの乾物収量が確保できる体系であることが確認された。また,寒冷地の東北でも, 3.0~3.3tの乾物収量が可能であることが判明した。暖地のソルガムについては, 5月上旬に播種を行うと11月上旬までに乳熟期刈りで 2回刈りが可能となり,合計 3.0~3.3tの乾物収量が得られた。中国地域ではライコムギとの組み合わせで年間合計 4.0~4.5tが確保できると予想されている(13,14)。また,四国では夏作のギニアグラスと冬作のイタリアンライグラスで乾物3t,ソルガムとイタリアンライグラスまたはオオムギで3.9t,九州ではソルガムとイタリアンライグラスで3.7tを実証している(15) 。
従来,トウモロコシ-ライムギ,エンバク,オオムギの組み合わせでは,2.2 ~ 2.8t/10a が乾物収量水準であるので,これらの栽培試験は化学肥料のみを使用して慣行収量の 1.5~1.8 倍の増収を達成したものである。このような高位作付体系の導入を図り,化学肥料をふん尿で代替することにより,飼料畑のふん尿還元容量の増大が可能となっている。
また,土壌微生物を活性化する農作業を行うことで物質循環機能が大幅に改善される。経年草地の簡易更新の際に,サブソイル型インジェクターを用いてスラリーを深さ10~16cmの部位に注入するだけでなく,その後にロータリー部分耕を行うと注入のみの場合と比較して土壌の通気性が改善され,深さ15cmまでの土壌全体の微生物の量と活性が増大する。微生物の活性化により有機物分解が持続して養分が放出される結果,牧草の生育が著しく改善された。再播種のみの簡易更新に比べて,牧草の収量が約 3倍に増加する結果が得られている(3,11) 。また,サブソイル型インジェクターに比べて,プラウ耕同時スラリー施用法は土層深くまで多量のふん尿を効率的に施用できるので,下層部分の微生物の活性化が実現できるものと期待される(2)。
イ.ふん尿の化学肥料代替物への変換
ふん尿の単独使用では投入肥料成分にアンバランスを生じ,作物の養分要求性に合わないため化学肥料を併用してふん尿の欠点を補っている。ふん尿の還元容量の策定の際には必要な肥料のうちふん尿によって代替する割合を示す代替率が組み込まれている。草地・飼料畑のふん尿施用基準の策定(6)には,牛きゅう肥の場合では必要窒素量の30%,その他のふん尿処理物の場合で60%の代替率が使用されている。そこで家畜ふん尿に適当な処理を施して化学肥料代替物に変換し化学肥料のかなりの部分を代替できればふん尿の還元容量が増大される。ここでは,2種類の処理,すなわち成分アンバランスの是正と肥効の調節が考えられる。
まず,成分のアンバランスの是正については,牛液状きゅう肥中の肥料成分は窒素0.3~0.5 %,リン酸 0.1~0.2 %,カリウム 0.3~0.6 %の範囲にある。リン酸含量が低いため人工的にリン酸を0.4 %添加し3成分のアンバランスを是正し牧草栽培に利用したところ収量が約20%増加した。リン酸の添加は液状きゅう肥からのアンモニア揮散の抑制と成分バランスを良好にすることで,牧草が増収したものと考えられた(12) 。また,ふん尿中のカリウムは窒素,リン酸に比べて速効的成分が多く,ふん尿を連用するとカリウム過剰になりやすい傾向があるので,例えば,天然鉱物資材等を用いてふん尿中のカリウムを減少あるいは不可給態化できれば圃場への投入量が増大できる。
次に,化学肥料の利点は肥効を調節できることであり,化学肥料の代替物として耕種農家が家畜ふん尿を利用する場合にはそのニーズに合致した肥効特性が付与されねばならない。家畜ふんの中では牛ふんや馬ふんの肥効は遅く,豚ぷんや鶏ふんの肥効は早いという特性を持っている。肥効を早める方法として酵素や微生物の利用,一方遅らせる場合にはヒドロキシアルミニウム(5)の利用等が考えられる。これらの肥効調節技術は一般別枠「物質循環」で実施中である。
以上のように,現在のふん尿施用基準量よりもさらに多くのふん尿を圃場に還元できる可能性があることを記載したが,このような新たな状況に対応したふん尿の還元容量を策定する場合には,土壌中の施用有機物の長期的な窒素放出率の実測データに基づくべきこと(8)や土壌及び水質とともにアンモニア,メタン,亜酸化窒素等大気へのガス放出による環境汚染までを考慮すべきこと(16) が指摘されている。
(草地試験場 山本克巳)
文 献
1)我有 満ほか.ソルガム新品種「テンタカ」の育成.草地飼料作最新情報,第7号 7-8(1992) 草地試験場編.
2)伊吹俊彦ほか.タンカ伴走によるプラウ耕同時スラリー土中施用法.草地飼料作最新情報,第9号 115-116(1994) 草地試験場編.
3)井上慶一 ほか.ロータリ部分耕直下式施肥播種機の開発とその作業性能及びスラリインジェクタを併用した場合の草地の簡易更新効果について.草地試研報,41,19-30(1989)
4)金野隆光.生態系調和型農業の確立をめざして.研究ジャーナル,14,3-6(1991)
5)久保田 徹 ほか.中国農業試験場.難分解性堆肥の製造法.特公 平 2-16278 .1990-4-16
6)倉島健次.施用基準,草地試験場資料 No 58-2,45-61(1983)
7)正岡淑邦.飼料作物,草種特性を考慮した環境保全的肥培管理.「低投入適合作物・品種特性の土壌肥料的アプローチ」研究会資料, 1-11(1992)農業研究センター編.
8)西尾道徳.多収生産における堆厩肥連用の問題点.草地試験場資料平成 1-7,108-115(1990)
9)西尾道徳.深刻化する糞尿問題とその打開策:その2打開策.酪農事情,50(12),30-35(1990)
10) 越智茂登一.飼料作物に対する家畜ふん尿の施用技術の確立に関する研究:草種による家畜ふん尿施用反応特性.草地試研報,28,22-38(1984)
11)岡野正豪ほか.スラリー注入と部分耕うんを組み合わせて簡易更新した草地土壌の性質.草地試研報,36,285-291(1990)
12)斎藤元也ほか.圃場還元液状きゅう肥からのアンモニア揮散量の推定と酸添加による揮散の低減法.草地試研報,41,1-9(1989)
13)清水矩宏.ソルガム-ライコムギ導入による高収量作付体系.水田農業技術情報シリーズ No 76 (1990) 農林水産技術会議事務局編
14)清水矩宏.転換畑におけるソルガム-ライコムギ超多収作付体系.畜産の研究 45,426-432(1991)
15)舘野宏司.多収型作付体系の策定と栽培技術.草地試験場資料平成 1-7,100-107 (1990)
16)山本克巳.堆肥の施用技術:還元容量の増強技術.草地試験場資料平成 3-5,63-69(1991)