幼果に生じた病斑(千葉農試提供) |
ナシ黒星病の防除に関するツール
I 発生生態編
1.胞子の種類と病原性
- 子のう胞子と分生子がある。
- 病原性はほぼ同等と判断して良い。
2.第一次伝染源の種類
- 落葉上に形成される子のう胞子
- 飛散時期 3月下旬から5月下旬(ピークは4月の下旬又は5月上旬:その年の降雨によって支配される)。分散の推移は基本的に一山型である。
- 飛散量 落葉を処分しているかしていないかによって大きく変わる。また、子のう胞子を形成できるのは秋型病斑を形成している葉のみである。
- 腋花芽基部(後に新梢基部病斑となる)上に形成される分生子
- 飛散開始時期 開花始め頃から。
- 飛散の終了 6月中から下旬頃で、かなり長い期間飛散する。
- 飛散のピーク 5月上旬から中旬頃であるが、子のう胞子に比べてあまりはっきりとしたピークを示さない。
- 第一次伝染源としての重要性、すなわちどちらが第一次伝染源に強く寄与しているかでは、両伝染源が存在する場合、子のう胞子8〜9に対して分生子は2〜1である。
3.葉における黒星病の病斑型
- 春型病斑
春に発生したような若い葉に発生する病斑を春型病斑と呼んでおり、秋に二次伸長した枝先の葉には晩秋でも発生する。
- 秋型病斑
葉が老化し、葉に侵入した病原菌が硬くなったクチクラを貫通することができず、気孔のみから外部に出て来て、これが病斑となり、これを秋型病斑と呼んでいる。
4.ナシの葉の黒星病に対する感受性
- 葉の春型病斑の黒星病に対する品種間差異
最も感受性が高いのは豊水であり、幸水と長十郎は豊水に比べてわずかに感受性が低い。新高は感受性が非常に低い。
- 伸長した枝上の葉
感受性が最も高いのは上位葉から数えて4〜7葉位である。それより上位の葉は若くなるにつれて感受性が低下する。また、7葉位より下位の葉についても同様なことが言え、通常発病するのは上位葉から数えて20葉位程度である。
- 幸水の葉の葉齢に伴う感受性変化
若い葉の時(上葉からの葉位で3〜8番目)は感受性は相当高いが、エイジングが進むと共に感受性は低下し、1ヶ月を経過した葉は仮に感染しても発病することはない。
5.葉の濡れ時間、温度と発病程度との関係
(データはこちら)
- 最適発病温度は20℃であり、次いで15℃、10℃で、25℃は10℃に近い程度であるがやや発病は少ない。
- 感染は20℃の場合、濡れ時間は9時間で成立する。
- 濡れ時間が12時間では、感染は5〜25℃の間で成立する。
- 6時間程度の保湿があるとごく一部の胞子は発芽し始めるが、その後の乾燥で多くの胞子は発芽能力を失うものと思われる。
- 胞子は24時間以内にほぼ発芽する。
6.葉における胞子形成
- 葉における胞子形成は、最も感受性が高い葉位4〜8(最上位展開葉からの葉位)の葉において感染後7〜10日後から開始され、胞子形成能力は葉肉部では短く、葉脈部、中肋部及び葉柄部では長期間に及ぶ。
- 葉肉部では病斑出現後から2〜3週間胞子形成されるが、その後通常病斑部分はえ死する。
- 葉脈部や中肋部では、病斑出現後から最低1ヶ月間は胞子を形成する。
- 葉柄に発病した場合、病斑は大きくなることが多く、しかもその上には多量に胞子が形成される。
7.発病による落葉
- 葉柄に病斑が出現すると約1ヶ月後には落葉することが多い。
- 葉柄に出現した病斑により落葉することが多いが、それには品種間差異がある。
- 幸水は最も落葉しやすく(イメージとしての数字では落葉し易さ80)、次いで豊水で(イメージとしての数字では落葉し易さ60)、新高ではかなり落葉しにくい(イメージとしての数字では落葉し易さ20)。
8.果実の黒星病に対する感受性の推移
- 開花直後から20日後頃までは品種間に差が無く、いずれも黒星病に対して感受性が高い。
- 開花20日後頃から品種固有の感受性程度が発揮される。
- 現在の経済的栽培品種の中では、幸水のみが際だって感受性が高い。
9.幸水の生育に伴う感受性の推移
- 幸水では、感受性の高い幼果期(開花直後から20日後頃まで)を過ぎると徐々に感受性が低下し、開花40〜50日後の期間は感受性が最も低く、その後再び徐々に感受性が高まり、開花60〜85日後は果実の生育後期では最も感受性が高い。
- 開花85日以降については、果実における潜伏期間が最短で15〜20日間あるので、したがって収穫期に達してしまうので、無視して良い。
- 幸水以外の栽培品種の場合、特別に果実の防除を意識する必要はなく、通常の防除において防除可能である。
10.果実病斑上における胞子形成
- 生育の後期に形成された果実病斑上にはやや少ない量の胞子が形成され、これも伝染源になる。
11.枝病斑における胞子形成
- 緑枝時期の新梢には黒星病菌が感染し、病斑が形成され、その上に葉の病斑の場合に近い程度の量分生子が形成される。
- 胞子を形成した病斑は、その上の胞子が降雨で洗い流されると胞子を形成し始めてから約2週間の期間は胞子を再形成するが、その後の胞子形成はほぼ無視できるほど少ないか全く形成しなくなる。
- 前年またはそれ以前に形成された病斑上には、いかなる伝染源も形成されない。
黒星病の生活史
II 防除編
1.殺菌剤の効果
- 殺菌剤には、その作用性から予防剤と治療剤に分けられる。
- 予防剤の種類は多い。黒星病の防除に使われる代表的予防剤は、パルノックス水和剤(フロアブル剤も出てきた)、サニパー水和剤、ベルクート水和剤、有機銅フロアブル(商品名ではキノンドーフロアブル、ドキリンフロアブルオキシンドーフロアブルがある)、キャブタン剤(キャブタン水和剤とオーソサイド水和剤がある)。
- 予防剤の効果程度と推定される残効期間
薬剤の種類 | 効果の程度(指数化) | 推定残効期間(日) |
パルノックス水和剤 | 45 | 7 |
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サニパー水和剤 | 40 | 6 |
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ベルクート水和剤 | 70 | 12 |
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有機銅フロアブル | 50 | 7 |
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キャブタン剤 | 55 | 9 |
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ゲランフロアブル | 50 | 9 |
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キャブタン・有機銅剤 | 60 | 9 |
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- 治療剤の種類は少ない。黒星病の防除に使われる代表的治療剤は、エルゴステロール生合成阻害剤(以下DMIとする)、ストロビルリン系薬剤、キャブレート水和剤、トップジンM水和剤である。
- DMI剤の種類は多いが、効果と薬害から判断して、ここでは数薬剤に絞り込むことにした。すなわち、マネージ水和剤(×3,000)、スコア水和剤10(×4,000)、インダーフロアブル(×8,000)、アンビルフロアブル(×1,000)を使用する。
- DMI剤の効果と推定される残効期間
薬剤の種類 | 効果の程度(指数化) | 推定残効期間(日) |
マネージ水和剤 | 92 | 14 |
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スコア水和剤10 | 100 | 18 |
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インダーフロアブル | 100 | 20 |
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アンビルフロアブル | 100 | 18 |
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- DMI剤の中で幸水果実の生育後期に発生する果実黒星病に対しては、スコア水和剤10、インダーフロアブルとアンビルフロアブルの効果は高い。
- DMI剤の果実黒星病に対する予防及び治療効果と推定される残効期間
薬剤の種類 | 効果の程度(指数化) | 推定残効期間(日) |
マネージ水和剤 | 35 | 3 |
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スコア水和剤10 | 60 | 7 |
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インダーフロアブル | 60 | 7 |
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アンビルフロアブル | 60 | 7 |
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- DMI剤の果実黒星病に対する治療効果と推定される治療可能期間
薬剤の種類 | 効果の程度(指数化) | 感染後の防除可能期間(日) |
マネージ水和剤 | 35 | 4 |
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スコア水和剤10 | 60 | 8 |
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インダーフロアブル | 60 | 8 |
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アンビルフロアブル | 60 | 8 |
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- ストロビルリン系薬剤の種類は少なく、現在はアミスター(×1,000)とストロビー(×2,000)だけである。
- ストロビルリン系薬剤の葉の黒星病に対する効果と推定される残効期間
薬剤の種類 | 効果の程度(指数化) | 推定残効期間(日) |
アミスター | 65 | 12 |
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ストロビー | 53 | 10 |
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- ストロビルリン系薬剤の幸水果実の生育後期に発生する果実黒星病に対する効果試験は行っていない。薬剤の性質から推定すれば、あまり効果は高くないと思われる。
- ストロビルリン系薬剤の果実黒星病に対する予防及び治療効果と推定される残効期間
薬剤の種類 | 効果の程度(指数化) | 推定残効期間(日) |
アミスター | 30 | 7 |
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ストロビー | 25 | 7 |
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- ストロビルリン系薬剤の果実黒星病に対する治療効果と推定される治療可能期間
薬剤の種類 | 効果の程度(指数化) | 感染後の防除可能期間(日) |
アミスター | 45 | 7 |
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ストロビー | 35 | 7 |
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- 治療効果のある薬剤の中で、トップジンM水和剤はそれらに対する耐性菌が高密度に存在しているので、黒星病の防除には使用できない。輪紋病の防除には使用できる。
2.第一次伝染源の防除
- 耕種的防除
- 落葉は春までに集めて処分する(焼くか埋める)。
- 芽基部の病斑は開花直前頃から交配時期に、その基部から切除する。なお、その後の作業中に発病に気が付いたら、その都度切除する。
- 6月下旬頃までは、葉の発病を認めたらその葉は取り除く。
- 薬剤による防除
- 落葉上に形成される子のう胞子の薬剤防除法はない。
- 芽基部病斑に直接作用しそこでの発病を完全に抑えてしまう殺菌剤はない。後で説明するDMI剤を散布しても、せいぜい胞子形成を50〜80%抑制する程度である(50〜20%は形成される)。
3.葉の防除
- 基幹防除の時期
開花直前、交配10日後、5月中旬(開花25〜30日)、6月上旬(交配45日後)、6月下旬(交配65日後)、7月上旬(開花75日後)、7月中旬(開花88日後)の合計7回。
- 時期別使用する薬剤とその効果及び残効期間
散布時期 | 使用薬剤 | 効果の指数 | 残効期間(日) |
開花直前 | マネージ+ベルクート | 98 | 18 |
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交配10日後 | スコア+ベルクート | 100 | 20 |
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5月中旬(開花25〜30日) | ベルクート | 70 | 15 |
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6月上旬(交配45日後) | ペルクート | 70 | 15 |
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6月下旬(交配65日後) | ストロビー | 60 | 12 |
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7月上旬(開花75日後) | アンビル+ベルクート | 100 | 18 |
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7月中旬(開花88日後) | アミスター | 75 | 14 |
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4.果実の防除
- 重要な散布(防除)時期
- 幼果期 開花時(4月中旬)〜開花20日後頃(5月上旬)
- 肥大後期 開花65日後(6月下旬)〜開花後85日後(7月上旬)
- 薬剤と効果
- 開花時(4月中旬)〜開花20日後頃(5月上旬)の幼果期では黒星病の防除に、開花直前にはマネージ+ベルクートを散布し、交配10日後頃にはスコア+ベルクートを散布することにしているので、この時期の幼果を対象にした防除は通常必要ない。
- 開花65日後(6月下旬)〜開花後85日後(7月上旬)の肥大後期では黒星病の防除に、6月下旬(交配65日後)にはストロビーを、7月上旬(開花75日後)にはアンビル+ベルクートを散布することにしており、とくにアンビル+ベルクートは幸水果実の黒星病防除を主ターゲットとして薬剤を選定しているので、ここでもあえて果実だけを対象とした防除は必要ない。
5.秋季防除
- 秋季防除とは、2種類ある第一次伝染源の中腋花芽鱗片上に形成される病斑を防ぐために、病原菌の感染時期である前年の秋に予防剤を散布して感染を防ぐ防除法である。
- 散布回数 2回とする。
- 散布時期 落葉期から逆算して落葉期25日前(10月下旬)と落葉期10日前(11月上旬)。
- 使用薬剤
これまでの試験では、予防剤の種類による効果の違いはほとんど認めていない。したがって、どの種類の予防剤でも良いが、ここではとりあえずキャブタン・有機銅剤(商品名トモオキシラン水和剤、フジオキシラン水和剤)を選択しておいた。
※ 参考資料
Copyright (c) 1999- 千葉県農業試験場
[ナシ黒星病・輪紋病の防除に関する知識]
[ナシ病害管理支援システム]
[ナシ試験研究情報サイト]