農業研究センター
研究情報部 研究技術情報科
研究員 菅原 幸治
E-mail:sugak@narc.affrc.go.jp【はじめに】
近年、農業では環境負荷を低減する生産体系が求められており、特に病害虫管理における減農薬は重要な課題とされている。全国各地で減農薬のための取り組みや技術開発が進められているが、生産現場での合理的な実践のためには、情報技術(IT)の活用が重要なカギとなると考えられる。 病害虫管理おいてIT化の目指すところは、気象、作物の生育状況、病害虫の種類・発生量、栽培管理履歴などの情報を収集・蓄積するとともに、それら多様で複雑な情報を統合化して動的に解析・評価することを可能とし、生産者自身が各自に適した病害虫管理体系を構築できるようにすることである。
農業研究センター研究情報部では、ネットワークを介して各地に散在する多様なデータベースやプログラムの自由な組み合わせ・連携を可能とする「分散協調システム」を大きなコンセプトとして 研究開発を進めている(第1図)。これをふまえ病害虫管理におけるIT化の方向性について、現在取り組んでいるナシ病害管理支援システムの構築を中心に紹介する。
【研究の概要】
◇研究課題
「持続的農業生産におけるナシ病害総合管理技術のシステム化」に関する研究
千葉県農業試験場(病理研究室,果樹研究室)と農業研究センター研究情報部の共同研究
(平成11〜14年度)
「生物情報・環境情報の同時収集による病害虫管理支援システムの開発」(新規)
プロジェクト研究「データベース・モデル協調システムの開発」
中国農業試験場 虫害研究室、農業研究センター 研究技術情報科・モデル開発研究室
(平成13〜15年度)◇背景・目的
千葉県における環境保全型農業を目指した農薬・化学肥料削減への取り組み
ナシの重要病害である黒星病・輪紋病に対する薬剤散布回数の低減
第1期: 3割削減目標(平成5〜9年度) 第2期: 5割削減目標(平成10〜14年度)
・第1期の成果
試験区では黒星病に対する薬剤散布回数を半減させることが可能であった(慣行区:12〜15回、試験区:5〜8回)。農家樹園における現地試験も実施し、専門家が適切な指導助言を行うことにより、散布回数8〜9回で慣行区と同等の防除効果が得られることを実証した。
・第2期の課題
1)これまでの経験にもとづく防除指導に加えて、果樹病害の専門家以外に普及センターの果樹指導担当者やそれに準ずる人々が、ナシの持続的農業生産において病害の総合管理指導ができる体制を整備する。
2)コンピュータネットワークを積極的に利用した病害管理体系をつくる。
・共同研究の目標
「ナシの重要病害であるナシ黒星病及びナシ輪紋病を対象に、病害の発生生態の解明、気象情報の利用による発病予測、収集解析による薬剤散布回数低減の開発などを進めるとともに、これらの総合管理技術を体系化しインターネット上から自由に利用できるシステム開発を進める。」◇IT化戦略
1)病害管理に関する多様な情報をネットワーク上で蓄積・運用できるシステムの開発
→ システムのWWWアプリケーション化
2)ナシの生育過程(開花・果実肥大等)と病害発生過程(胞子飛散・感染等)のモデル化、統合化
→ Java技術によるモデルのオブジェクト化(部品化)
3)様々なソースからの気象データの統一的利用、モデルとのネットワークを介した連携
→ 気象データ仲介ソフトウェア“MetBroker”との連携、リアルタイムのデータ利用
4)樹園ごとの気象、生育状況、病害発生、防除記録データ等、現場情報の収集・蓄積
5)ネットワーク共有リソース(気象データ・モデル等)と個別リソース(現場情報)の連携による各樹園に応じた病害管理支援情報の提供◇期待されるメリット
1)インターネットに接続できるコンピュータでブラウザを使えば、誰でもどこででも利用できる。
2)データベースやモデルを組み合わせて利用でき、さらに登録されている最新のものが使える。
3)ユーザ各自に対応したデータベースの選択およびモデルのカスタマイズが可能になる。
4)ユーザ自身が樹園管理記録等のデータを収集し、それを使ってモデルを実行できる。
5)病害管理に関する事例データが蓄積されることで、モデルの検証や改良が容易になる。
限定された地域のものではなく全国で自由に利用できるシステムに
ナシ病害管理支援システム全体構想【MetBroker】
“MetBroker”とは、Javaオブジェクト化技術を用いた気象データ仲介ソフトウェアおよびサーバのことであり、気象データ要素やフォーマットが異なるデータベースをクライアントが意識することなく共通のインターフェースで利用することを可能にする(第3,4図)。 現在も農研センター研究情報部STAフェローM. Laurensonを中心に開発が進められている。◇現在利用可能な気象データベース
ニュージーランド、英国、米国、国内ではAMeDASなど。
今年度さらに千葉県農試で収集されている気象観測データにも対応させた。◇利用のメリット
MetBrokerを介することで、各地の異なる気象データベースが提供する気象データを同じデータフォーマットで取得することが可能になる。 気象データを扱う各種プログラムの開発者はMetBrokerのインターフェースに対応するJavaオブジェクトとしてプログラムを作成すれば、各地の気象データベースを統一的に利用することができる。
→ ナシ開花・成熟期予測モデルおよび黒星病感染好適日予測モデルにすでに導入(後述)
【モデルの開発】
ナシ病害管理支援のための各種モデルは基本的に既存のものを応用するが、MetBrokerとの連携を図るためにモデルのプログラムをJava技術によりオブジェクト化し、WWW上で組み合わせて利用できるアプリケーションとして提供する。◇ナシ開花期・成熟期予測モデル(第5図)
ナシが黒星病に対してもっとも罹病しやすい開花時期の予測、および果実の収穫時期の予測を行う。杉浦(1997)のモデル式をもとに実装した。◇ナシ黒星病感染好適日予測モデル(第6図)
葉面の濡れ持続時間と気温をもとに感染確率(発病程度)を推定する。このモデルについては、リンゴ黒星病の感染予測モデル式(MacHardy and Gadoury, 1989)を参考にした。
なお、モデルの重要なファクターとなる葉面濡れ持続時間の判定に3モードを採用した。
・濡れセンサーによる実測(実装済み)
・気象学的エネルギー収支モデル −SWEBモデル(Magarey et al.)(実装予定)
・AMeDASデータからの推定 −BLASTAMでの手法の応用(実装予定)◇作成予定のモデル
・胞子飛散量予測モデル(飛散開始はナシの生育と対応?)
・ナシ樹体生育予測モデル −病害に感受性の高い時期、部位の予測
・薬剤効果予測モデル −薬剤散布のインターバルの予測
・防除適期判定モデル ← 樹園管理記録データベースとの連携(後述)
【事例データの蓄積】
◇病害管理に関する知識の取りまとめ
モデルの作成を進める一方で、ナシ黒星病および輪紋病の発生生態、防除暦、ならびにナシ病害の専門家による病害防除に関する記述をデータベース化した。これらの情報はWWWサイト上で公開している(第7図)。今後、千葉県農試での試験データもふまえ、薬剤効果予測モデルや防除適期判定モデル等の作成に応用する。◇現場情報の収集・蓄積
現在、千葉県でのナシ病害に関するこれまでの試験研究や現地調査のデータを集計し、病害防除適期判定モデルの作成を進めている。 今後は、生産現場における樹園ごとのナシ生育状況、病害発生、防除作業などの記録を収集・蓄積し、樹園管理記録データベースを構築する予定である。このデータベースをモデルと組み合わせれば、各樹園に適した病害管理支援情報を提示することが可能となる。
【今後の予定】
・MetBrokerに対応するデータソースの拡大 −簡易温湿度データロガーを農家樹園に設置
・モデルの改良・整備 −胞子飛散量予測・薬剤効果予測モデル等の追加、モデル間の連携
・モデルの検証・評価 −生産現場におけるデータとの比較、他地域への応用の可能性
・樹園管理記録データベースの構築 −携帯情報端末を利用したデータ入力
・コストベネフィット解析 −病害管理のための労働力・コストと品質維持による収益の最適化
【おわりに】
ITという言葉も一般化し、実際インターネットや情報端末の普及によって高速かつ大量な情報のやり取りが容易になってきている。そのためかネットワークを利用したシステムという場合コンピュータシステムのことのみ考えられがちであるが、情報の担い手が利用者各人であることに変わりはない。 特に農業の分野では、病害虫管理をはじめとする有用な情報や知識を潜在的に持っているのは生産者であることからも、IT化と並行して、生産者、普及員、研究者が連携して互いに情報を提供し利用することができるネットワークシステムづくりが必要である。
【参考資料】
(参照サイト)増殖情報ナビゲータ AgrInfo
http://agrinfo.narc.affrc.go.jp/MetBroker Documentation/Demonstration
http://www.agmodel.net/MetBroker/MetBroker.html作物生育モデル各種(Java実装)
http://ume.narc.affrc.go.jp/~ketanaka/ナシ黒星病・輪紋病の防除に関する知識
http://riss.narc.affrc.go.jp/kssys/pear/boujo.htm(参考文献)
Laurenson,M., T.Kiura, and S.Ninomiya. 2000. Accessing online weather databases from Java. Proc. IWS 2000: 193-198. Laurenson,M., T.Kiura, and S.Ninomiya. 2000. A weather data broker for agricultural decision support. Proc. APAN Conference 2000 /Beijing: 297-306. Laurenson,M・木浦卓治・二宮正士.2001.MetBroker−分散オブジェクトによる気象データの利用−.農業情報学 3:printing. MacHardy,W.E. and D.M.Gadoury. 1989. A revision of Mills's criteria for predicting apple scab infection periods. Phytopathology 79: 304-310. 杉浦俊彦.1997.ニホンナシの気象生体反応の解析と生育予測モデルの開発.京都大学学位論文. 田中 慶・渡邊朋也・平藤雅之.2000.Javaインタフェースによる生育モデルの連携手法.生物環境調節学会・農業気象学会2000年度合同大会要旨:336-337. 田中 慶.2000.MetBrokerを利用した生育モデルの開発.第12回農業情報ネットワーク大会資料:117-118. Umemoto,S. 1991. Relationship between leaf wetness period, temperature and infection of Venturia nashicola to Japanese pear leaves. Ann.Phytopath.Soc.Japan 57: 212-218. 梅本清作.1993.ニホンナシ黒星病の発生生態と防除に関する研究.千葉農試特報 22:1-99. 梅本清作.1996.ナシ幸水果実における黒星病の薬剤防除法の確立.千葉農試研報 37:33-41.
[ナシ病害管理支援システム開発構想] [ナシ試験研究情報サイト]
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